5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

日本の将来を考えるなら民主主義教育をすべき

1 :名無しさん@3周年:2008/12/13(土) 15:14:41 ID:qeBbT5FM
政治に対して批判、監視することは民主主義国家の国民として大切なことです。
1996年に82歳で亡くなった丸山真男氏という、戦後民主主義
を代表する思想家がいます。
丸山は民主主義というものは、人民が本来制度の自己目的化−物神化−を
不断に警戒し、制度の現実の働き方を絶えず監視し批判する姿勢によって、
はじめて生きたものとなり得るのです。それは民主主義という名の制度自体に
ついてなによりあてはまる。
つまり自由と同じように民主主義も、不断の民主化によって辛うじて民主主義で
ありうる。 国民の自由に関して、国民は「日々自由になろうとすることによって、
はじめて自由でありうる」こと、その自由は「政治秩序に絶えず立ち向かおうと
する精神」と言ってます。
丸山真男は、政治のシロウトが政治の関心をもたなければ真の民主主義は
なりたたないという。

 権利の上に眠る者 
「国民は今や主権者となった。しかし、主権者であることに安住して、その権利の行使
を怠っていると、ある朝目覚めてみると、もはや主権者でなくなっているという事態が
起きることは十分にありうる」というわけです。
努力すればなんとかなる、政治や社会のせいにするな、というのは政治家、大企業
などの支配者層にとって都合のよい考えで、それを国民に広げて、自分達は庶民
から搾取してるのです。騙されてはいけません。

ですので学校教育において民主主義教育(従来のような詰め込みでは
なく、議論したり論文を書かせたり、テストも丸暗記で対応できない
ような論文形式)を行うような教育をすべきです。

2 :名無しさん@3周年:2008/12/13(土) 15:18:19 ID:qeBbT5FM
よく小泉が「官から民へ」などと言っていたが、本当に民(国民)に移行すべきなのは
政治は誰のものかという認識であろう。民主主義の教育は本来、戦後から現在に至るまで
もっとしっかりと行われているべきであった。終戦直後は実際に憲法や民主主義に関する
教科書・副読本が発行され、熱心に教えられていたようだ。だが実際に力を入れて教育
していた時期は、朝鮮戦争が始まるまでの短い間だけとなった。我々の国はアメリカの
思惑の変化により、半民主国家のまま維持されてきた。その結果、戦後日本は民主主義
よりも資本主義を徹底させた社会になってしまった。そのため、国民の多くは所属組織の
利益優先で動きがちである。
我々の国は国家が国民の上に立っているような感覚で政治が進められている。また、同じ政党
の政権が50年も続き、政治家は官僚の作った作文を読み、官僚は税金を盛大に使って私腹を
肥やし、政治家の間には汚職がはびこっている。にも関わらず政権は交代せず、何となく汚職
不正を働いた議員の多くは再選したりお咎めなしだったりする。そのような政治家は終戦直後
から存在し、彼らの一族が世襲状態で我が国の政治を取り仕切っている。

3 :名無しさん@3周年:2008/12/13(土) 15:18:56 ID:qeBbT5FM
戦後の混乱期、貧困に喘ぐ国民を尻目に政治家が国家の軍資金をネコババしていた疑惑がある
というのだ(例によって未解決のまま)。そんな政治家たちの一族が今の日本の政治を
動かしている。我が国は半民主国家であり、本格的な民主国家に成長したとは言いがたい。
我が国では、民主主義を本当に理解した上で選挙権を行使したり政治を執り行っている人間は
ごく僅かなのではないかと思う。だからこそ、安倍晋三元首相が自分の事を「権力の頂点にいる」
などという勘違い発言をしてしまうのだ。民主主義において、国家の最高権力は我々国民全員
なのである。政治家はその代理人に過ぎず、最高権力である国民の総意を国家運営に反映させる
のが仕事なのである。それがわかっていないからこそ、このような発言をしてしまうのである。
確かに、政治家は運営の実行に関してとてつもない力を握っている。そういう意味では権力の頂点
ではあると言えなくもない。しかし実態は、我々国民に委託されただけの立場である。会社に
例えれば、我々が会社の大株主、会長、社長、CEOなどのような立場であり、政治家は役員
管理職あたりの立場である(官僚はその下で働く社員)。最高権力は国民の側にあるのである。
ただ、組織のトップとしては半分眠った状態であり、それを良い事に政治屋が利権獲得に必死に
なっている。我々国民は戦後の不況の中で、政治家の「何よりも金儲けが先決ですよ」との意見
を受け入れ、社長(国家の主権者)としての経営に関する勉強をしてこなかった。故に政治家の
口車に乗せられながら、汚職や癒着のはびこる赤字経営のおかしな国になってしてしまった。
森喜朗元首相がかつて宣ったごとく、有権者は「寝てしまってくれればいい」と思いつつ、政治家
たちは己の利権の確保に精を出し続けているのだ。利権が確保出来るからこそ、その甘い汁で生計
を立てようとする二世三世議員が続出するのである。

4 :名無しさん@3周年:2008/12/13(土) 15:19:58 ID:qeBbT5FM
我々国民は、今こそ民主主義を学び、国家の経営者としての自覚を高める必要がある。
ここで民主主義の意識を高めて行けば、おのずと国民の為の政治へと変化して行く事だろう。
米国の属国状態や赤字経営状態から脱するには、我々が自ら進んで民主主義の真髄を学び
国民全体の自治意識を高めねばなるまい。そして、国自身が進んで民主主義教育を徹底する
ように我々国民が政治家の意識を変えて行く事が重要である。部下である政治家の口車に
乗らずに冷静に判断出来る、賢い経営者である事が重要である。

そもそも民主主義教育をしっかり行っておけば、愛国心教育とか自己責任というものを強調
する必要もないのである。民主主義における本来の国家組織とは、国民同士が助け合い
支え合う為の支援機関である。政治も外交も、国民の生活の為にある。そこに自分の関わりが
あって、自分の一見小さな決断である投票が、人々の暮らしを左右する大きな決断につながって
いるという事実を本当に理解するならば、愛国心や責任感に向き合わざるを得ない。
民主主義の真髄を理解せずして、健全な民主国家の運営など不可能である。権力の頂点である
我々国民が、まず民主国家運営の基本である民主主義について、進んで学ぶ事が先決なのである。
現在の我々は、どちらかと言えば駄目な経営者かもしれない。だが汚名返上して優れた経営者に
なる事は可能である。国家運営の正常化は、我々国民自身の手にかかっているのだ。
日本の真の民主化はこれからと言えよう。

5 :名無しさん@3周年:2008/12/14(日) 15:32:24 ID:SK+WtJcw
日本人が民度が低いとよく言うがそれは教育のせい日本人がもともと愚民なのでは
なく支配層による愚民化政策

234 :名無しさん@3周年:2008/04/20(日) 16:50:59 ID:KmyLAreW
日本でも戦後、安保闘争や学生運動が激化し、国民の政治意識が高揚した時期がありました。
支配層はこの苦い経験を教訓に、どんなに悪政をしても反抗しない飼いならしやすい愚民を大量生産することにしたのです。
たとえば日本の教育は暗記に偏重し、考える力や応用力を育てない欠陥がもともとありました。
文科省はさらに「ゆとり教育」を導入してこの欠陥を拡大し、愚民教育を強化しました。
また日本の異常な長時間労働は日本人から政治を考える時間的余裕を奪い、政治的変革者として成熟することを妨げています。
会社でも社員教育で封建的イデオロギーが徹底的に教育され、そのイデオロギーが政治支配にも転用されています。
政府権力に迎合し、批判精神を忘れたマスコミや民放の低俗な番組は、明らかに国民を愚民化するためです。
このように日本人がもともと愚民なのではなく、支配層によって愚民化されてしまったのです。
ですから絶望せずに政権交代を是が非でも実現してこれらの欠陥を是正し、民主主義を私たちの手に再び回復しましょう。

6 :名無しさん@3周年:2008/12/14(日) 16:00:31 ID:SK+WtJcw
オランダでは高校生の歴史の授業の課題の例で

「あなたが1937年にドイツにいた労働者だったと仮定して、あなたがなぜ
その当時ヒトラー政権を支持したのかについて、戦後これを回顧する形で理由
を書きなさい」

「ヒトラーが権力の座にあったドイツに生きていたドイツ人になったつもりで
ヒトラー政権のプロパガンダを書いてみなさい」

高校生にこうした課題を出すのは独裁や人種差別は、普通の市民がいつも気を
つけていなければ、ドイツだけではなく、オランダでもどこの社会でも起こって
しまう可能性を持ってるのだ、ということを10代の子供たちに考えさせるために
やってるそうです。
はたして日本の高校でこのような授業はあるのか。

例えば日本なら
「小泉純一郎の構造改革を支持したB層の理由、その後格差と貧困に苦しむ労働者
の立場で考えて書きなさい」とか
「田母神俊雄前航空幕僚長になったつもりで日本を侵略国家でないことと憲法9条
を改正し日本を軍事大国にする政策やプロパガンダを書いてみなさい」など
「竹中平蔵になったつもりでどのようにうまく国民を騙し大企業とアメリカに
つくす新自由主義を復活させるかを考えて書きなさい」
でもいい、こういった授業をほとんど通うという日本の高校生にやったら今より
日本人の政治に対する民度も上がるのでは。

7 :名無しさん@3周年:2008/12/17(水) 18:53:37 ID:I+Qwac+I
戦後、日本でも民主主義教育が行われていた、当時の文部省が1948年から
1949年にかけて、中高生のために編集した民主主義という教科書がある。
そのはじめのほうで、民主主義とはたんなる制度ではなく、「みんなの心の中にある」
精神であると述べられています。「すべての人間を個人として尊厳な価値を持つもの
として取り扱おうとする心、それが民主主義の基本精神である」。何よりも、この
ような民主主義を、自分で、実行し、生活のなかで生かしていくことが求められています。
また、独裁者に騙されないためには、国民が「政治的に賢明になること」が必要です。
「国民のひとりひとりが自分で考え、自分たちの意志で物事を決めて行く」
ようでなければ、民主主義国家の国民ではないとまでいわれています。
教育基本法の改正では民主主義のための政治教育を重視することが明記されていない。
この点では民主党案は民主主義という言葉は使っていませんが、「政治教育」に
関して「国及び地方自治に参画する良識ある真の主権者としての自覚と態度を養う
という改正案を出していました。
もう一度民主主義の教育をしっかりやるべきでしょう。今の若い人の投票率では
今後、日本の民主主義は成り立つのか、このままでは特定の組織票で決まって
しまいます。

日本の政治家は憲法第第99条でこの憲法を尊重し擁護する義務を負うとなってる
訳だから全員、民主主義を支持する議員のはず、そして民主主義者で愛国心があるなら
当然国民に政治、民主主義について深い知識を求め日本の民主主義が衆愚政治に
ならないよう考えるはずで、愚民化政策して日本をどんどん駄目にするようなことは
しないはずです。
もし、するとすれば民主主義者でないか愛国心がないかでしょう。

8 :名無しさん@3周年:2008/12/20(土) 16:21:10 ID:FOPMcYbg
人間は国家以前の自然の状態において、自由、平等、所有権、安全など生ま
れながら権利(自然権)があると考え、でも自然状態では、これらの人権を
守る事ができないので人々は契約によって国家や政府を作る。国家や政府は
人権を守る為の「必要な害悪」として設けられ、その任務は専ら「人権の保護防衛」
にある。したがって、国家や政府がその任務を果たさず、反対に国民の人権に
干渉する時は国民はそういう国家権力を倒す権利 「抵抗権」、「革命権」を有する

近代民主主義制度では暴力ではなく、法の支配による制度化された選挙という形で
「抵抗権」、「革命権」を主権者である国民は行使すると言えます。
選挙による政権交代は暴力に依らない革命。選挙権は革命権の一種。

しかし日本では政治家でさえ「民主主義は多数決」程度にしか考えていないのがいる。
多数決はあくまでも手段、民主主義では多数決で決めてはいけない理念があり、
それが定めてあるのが憲法でそのなかの中心とは基本的人権である。
だから欧米の政治家は民主主義と同時に人権問題を大きく言うのである。

そして民主主義の基礎は、国民主権である。国民主権は、主権在民と置き換えても良い。
かつて、ウィンストン・チャ−チルは、民主主義程酷い制度はない。
しかし、他に比べれば、民主主義はましだ、という趣旨のことを述べたという。
多分、ウィンストン・チャーチルは、民主主義は国民が成熟した判断をするという
前提があって、機能するということを言いたかったのだろう。
だからこそ教育が重要なのである。

9 :名無しさん@3周年:2008/12/20(土) 16:23:23 ID:ih/05/9D
長いよ。

10 :名無しさん@3周年:2008/12/20(土) 16:28:11 ID:FOPMcYbg
ジョン・ロックの社会契約説と立憲主義
http://www5f.biglobe.ne.jp/~mind/vision/es001/john_locke.html より

ホッブズは、個人が抵抗できない強大無比な権力を持つリヴァイアサンを賞賛しました
が、ロックは、個人や少数の集団では抵抗できない圧倒的な権力を持つからこそ
リヴァイアサンとしての国家は危険であると考えました。ジョン・ロックは、国家(政府)
が権力を濫用して、個人の権利を不当に侵害しないように、国家の最高法規である憲法と
国民の代表者が集う議会で国家権力の範囲と効力を制限しなければならないとする
『立憲主義に基づく議会政治』の基礎を築いたと言えます。ジョン・ロックは、最高法規で
ある憲法と国民参加の議会政治を用いて国家権力の濫用や暴走を制限することで、国民の
自由と人権を最大限に保障することが出来ると考えました。その意味で、17世紀の政治
思想家であるロックは、近代国家の民主的な統治(政治)に不可欠なものである
『立憲主義・民主主義(議会制民主主義)・自由主義』の原点を呈示したと言うことが出来ます。

11 :名無しさん@3周年:2008/12/20(土) 16:29:32 ID:FOPMcYbg
『国民主権(主権在民)・基本的人権の尊重・平和主義』を三本の柱とする
日本国憲法の前文は、ジョン・ロックの理想とする立憲主義に基づく議会制
民主主義の精神をそのまま体現した文章であると解釈することが出来ます。
議会制民主主義とは、自由主義と民主主義を同時に実現する為に確立された
政治の手続きであり手段ですが、ロックの言う抵抗権(革命権)を政治権力
を信託する代表者(政治家)を選抜する公正な選挙によって、代理的に行使
する制度でもあります。
国民の自由を抑圧し権利を侵害する悪政を行う代表者(政治家)を立法府で
ある議会から放逐し、国民の自由を尊重し権利を擁護する善政を行う政治家を
選挙で選択するシステムが、抵抗権を代理的に行使する議会制民主主義である
と言えます。

12 :名無しさん@3周年:2008/12/21(日) 00:39:32 ID:Bk+lMzK/
第二次世界大戦の真実
http://jp.youtube.com/watch?v=aTQBv6oVS3I&feature=related




13 :名無しさん@3周年:2008/12/21(日) 15:45:06 ID:1vrGNsqN
全国の高校生の冬休みの宿題に「日本では、なぜ麻生太郎のようなアホでも総理に
なれるのか?」という論文を提出させたい

14 :名無しさん@3周年:2008/12/21(日) 17:40:43 ID:YyiyfTgU
>>13麻生がアホなら誰が総理大臣に適しているか、具体的に‘名前’をあげるべきだ。

もし、>>13さんが「日本にはいない!」なんていわないでしょうネ。
日本人の中で、‘アホでない’最も近い人物をあげるべきだ。
そのような いくら‘物知り的’なことを言っても、無意味。

15 :名無しさん@3周年:2008/12/21(日) 18:23:03 ID:xQc7tn1m
集団主義、全体主義教育なら日本人はお手のものなんだけどな。

16 :名無しさん@3周年:2008/12/26(金) 05:41:11 ID:Rd8TAIvs
民主主義教育には、自由なる主体としての責任意識も教えなきゃダメだな。
自由に意思決定する=責任をもって意思決定するってことであり、
だから自由は結構重いんだけど、しかし自由から逃走してはならない。
自由から逃走する国民はがいきつくのはファシズムという名の民主主義の鬼子でしかない。
完全な民主主義などありえず、民主主義は常にプロセスであるから、
民主主義を実践するのもまた、不断の精神的緊張を伴う。
それに耐える覚悟必要

17 :名無しさん@3周年:2008/12/27(土) 16:19:25 ID:TuVe57k/
歴史学者J・E・アクトンの有名なことば
「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する」
に象徴されますように、権力の腐敗がほとんど法則的である

権力分立
権力を同一の人物や機関に集中させると、濫用され、人々の自由や権利
が損なわれていることになる、という考えから生まれたものである。

憲法が憲法として機能するための国民常識とは何か? - MIYADAI.com Blogより
http://www.miyadai.com/index.php?itemid=80

■第一に、憲法が統治権力への命令であること。詳しく言うと、
(1)憲法が国民から統治権力への命令で、(2)法律が統治権力から国民への命令で、
(3)憲法が法律に優越するとは、国民からの命令の範囲内でのみ統治権力は国民に
命令しうるということだ。

■さて、私たちに憲法常識はあるか。例えば「憲法が国家への命令」であるのを
知っているか。もし知っていれば、衆参両院の憲法調査会でしばしば出る
「日本国憲法には権利規定ばかりで義務規定が少ないのはオカシイ」という
幼稚園レベルの議論はありえない。

全有権者に最低限知ってもらってほしい

18 :名無しさん@3周年:2008/12/27(土) 16:21:51 ID:TuVe57k/
>>17続き
憲法は,「国家権力(司法・行政・立法)全てを縛るための命令」
憲法とは「国家権力の暴走をくいとめる最後の鎖」として誕生したものだという。

憲法とは、主権者である国民の側が国家権力に対して、命令するものなのだ。
こうした認識をどれだけ持てるか、その度合いが民主主義の成熟度であろう。

憲法は国民に向けられ国民が守る義務があるものではないのです、国家に向けられ
国家が守る義務があるものなのです。
憲法は主権者である国民が国家権力が暴走することに歯止めをかけるために
国家に命令してるのです。

19 :名無しさん@3周年:2008/12/28(日) 16:24:19 ID:NDelMWxX
マガジン9条『伊藤真のけんぽう手習い塾』
http://www.magazine9.jp/juku/003/index.html

先日、中学の公民の教科書を見る機会がありました。そこには憲法は最高法規だと
書いてありました。その通りなのですが、この言葉がやたらと強調されている点が
すごく気になりました。ヘタをすると、中学生は「憲法は私たち国民が守らなけれ
ばならない最高の法律だ」と勘違いしてしまわないだろうか。「民法、刑法、商法
などの多くの法律の親分だ」くらいに思ってしまわないだろうか、とても心配に
なりました。かつての自分がそうであったように。
憲法は国民が守るべき法ではありません。国民が国家に守らせるべき法です。国家が
国民の人権を不当に侵害してトンデモナイことをやらかさないように、予め歯止めを
かけておくのです。
つまり、憲法は国家権力に歯止めをかけて、個人の人権を保障するものです。そして、
ここでいう国家権力は、民主主義の国であれば、国民の多数派によって創り出された
ものです。したがって、国民の多数派に歯止めをかけて、少数派の人権を保障すること
が憲法の目的だということになります。

20 :名無しさん@3周年:2008/12/28(日) 16:26:09 ID:NDelMWxX
一人ひとりが自分の価値観で決めるしかない事柄に関して、多数決を基本にした
民主主義のルールで決めようとすると、どうしてもひずみがでます。本来、決めて
はいけないことを多数決で決めようとしているのですから、無理がでます。
その多数決の結果に承伏できない人にとってみれば、自分の価値を否定されたわけ
ですから、自分自身を否定されたように感じることもあるでしょう。
その結果、大きな憤りを持ち、民主主義の決定過程自体に対して敵意をもつことに
なります。ときに暴力に訴えて、自分の価値を守ろうとするかもしれません。
そうした争いをさけるためには、多数決で決めてはいけないこと、多数決でやっては
いけないことを予め確定しておくことが必要です。それが憲法なのです。
そして、このように多数決に歯止めをかけることによって、ひとり一人が自分で決める
べきことがらの領域を確保することが憲法に基づく政治の根幹になります。
そのような政治を立憲主義といいます。
多数決によっても奪ってはならない価値、多数決によっても入り込んではいけない領域
が個人の良心や宗教であり、個人の価値観であり、一人ひとりの生き方です。憲法は
こうした私的領域を守るためにあるといってもよいでしょう。

多数決によってやってもいいことと悪いことを、憲法によってしっかりと区別できる
社会を作っていかなければならないのです。

21 :名無しさん@3周年:2008/12/31(水) 15:56:12 ID:/i+YpkEs
麻生太郎はハローワークを視察に訪れ、求職する若者に「何かありませんかと
言うんじゃ仕事は見つからない」と説教したそうだ。
マスコミを引き連れてのパフォーマンスな訳だから当然総理大臣という立場
だったのだから、主権者である国民にあの口の聞き方はないだろう。
プライベートで自分の知り合いに言うのならともかく、御主人様と言っても
いい一般国民に向かって。
麻生は安倍晋三と一緒で権力の頂点にいるとでも思ってるのか?
お前は最高責任者ではあるが最高権力者ではない、だれかはっきり言ってあげたほう
がいい。
国民の代表で奉仕する立場の政治家という認識が決定的に欠けている。

アメリカに民主主義を教育しよう
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/kokusai/1052007785/
というスレがあるが
麻生太郎に民主主義を教育しよう、あるいは日本の政治家に民主主義を教育しよう
というスレも必要だな。

22 : 【末吉】 【1048円】 :2009/01/01(木) 19:02:25 ID:7e5tOL/k
日本では市民革命は起きかったのか?
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1164230237/
上のスレでも書いてあるが日本は市民自らがが革命をしなかったから、
本当の民主主義が根付かなかった。

23 :名無しさん@3周年:2009/01/04(日) 02:07:40 ID:I0C3a1/U
相互リンク
【正規雇用】ロスジェネ論壇【ネット喫茶民・カードローン】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/sociology/1227002066/


24 :名無しさん@3周年:2009/01/04(日) 14:31:37 ID:bPgV06vS
>>22
以下の「用語の定義」について問いたい。
@ 「市民」とは?
A 「人民」とは?
B 「国民」とは?


25 :名無しさん@3周年:2009/01/04(日) 15:59:51 ID:rgE8chwr
>>6「小泉純一郎の構造改革を支持したB層の理由、その後格差と貧困に苦しむ労働者
の立場で考えて書きなさい」

55 名前: 番組の途中ですが名無しです 2005/08/08(月) 20:35:24 ID:lqMxSiHZ0 ?
民主党批判w
小泉イイヨー

64 名前: 番組の途中ですが名無しです 2005/08/08(月) 20:38:43 ID:6W+4qd4+0
そうだ!いいぞ小泉! 民間にできる事は民間に!
次ぎは酸議院を民営化してくれ!

69 名前: 番組の途中ですが名無しです 2005/08/08(月) 20:40:21 ID:7mHj7hqV0
小泉さん、あんたはまともだよ。
再選望んでます。

70 名前: 番組の途中ですが名無しです 2005/08/08(月) 20:40:30 ID:9bo+xJGV0
小泉純一郎
男の中の男だぜ

790 名前: 番組の途中ですが名無しです 2005/08/08(月) 21:51:27 ID:sN45J2r00
なんか世論ってかなりまともな気がする
ていうかマスゴミの影響力が外れかかってきて、だんだん良くなってきたんだなと思う
俺は小泉の演説聞いてこの信念をやらせてあげたいと思ったから、選挙に行くよ
できたら若いやつらも今回はちゃんと行ってほしいわ
一応争点がわかりやすいと思うしな
選挙に行かずに批判ばっかりしているから、マスコミも好き勝手できてるわけで
84 名前: 番組の途中ですが名無しです 2005/08/08(月) 21:21:56 ID:sN45J2r00
俺は生まれて初めて日本の政治家の演説で同感したけどな
これが単純だろうがなんだろうが言われてもかまわないけど、ああいう信念を持った
演説してくれる政治家って今までいたか?
俺は素直にさっきの演説は感動したけどな

26 :名無しさん@3周年:2009/01/04(日) 16:04:11 ID:rgE8chwr
503 名前: 番組の途中ですが名無しです 2005/08/08(月) 21:23:42 ID:S71NN+ma0
やべえ・・・小泉本気だ( ´・ω・)ジュンチャンチョーコワス

513 名前: 番組の途中ですが名無しです 2005/08/08(月) 21:25:02 ID:9bo+xJGV0
それにしても
小泉という人は
全く汚れないな

550 名前: (*´_`) 2005/08/08(月) 21:27:38 ID:efiNay0W0 ?##
かみさんが小泉の記者会見は立派だったと言ってますw

561 名前: 番組の途中ですが名無しです 2005/08/08(月) 21:29:33 ID:SLJ8CVsV0 ?#
小泉の演説は魂入ってたな
きっとヒットラーも毎回これくらいの演説してたんだろう。
もちろん、小泉新生自民に投票するぜ

583 名前: 番組の途中ですが名無しです 2005/08/08(月) 21:31:26 ID:oaDnSHZm0
小泉は本来あるべき与党の姿に向かって前進してる
満身創痍の四面楚歌
どんなに楽な道だって選べたのにあえていばらの道を選んだ
過去ここまで正しい政治家が居ただろうか

27 :名無しさん@3周年:2009/01/04(日) 16:09:05 ID:rgE8chwr
395 :文責・名無しさん:2008/05/24(土) 11:52:23 ID:ufAN/a0H0
http://makimo.to/2ch/news19_newsplus/1126/1126436591.html
【速報】総選挙投票終了! 各局の議席予想が出揃う
59 名前: 名無しさん@そうだ選挙に行こう 2005/09/11(日) 20:05:06 ID:kmOObWrx0
やっぱ自民党圧勝だな。
当然だ。
298 名前: 名無しさん@そうだ選挙に行こう 2005/09/11(日) 20:09:40 ID:nU10rvvLO
(=゚ω゚)ノやった!自民劇勝
362 名前: 名無しさん@そうだ選挙に行こう 2005/09/11(日) 20:10:32 ID:hEUyC5zH0
あはっは、ほんと圧倒的だな。
自民に入れてよかったよかった。
511 名前: 松下(本物) ◆3bVLh9KgpU 2005/09/11(日) 20:13:08 ID:uF7+v+Up0
自民単独300議席予想おめでとー!
820 名前: 名無しさん@6周年 2005/09/11(日) 20:18:03 ID:oAW9jZRj0
自民大勝ばんざーいヽ(´∀`)ノ
961 名前: 名無しさん@そうだ選挙に行こう 2005/09/11(日) 20:20:15 ID:SFAh1S2z0
自民に入れた俺は勝ち組
995 名前: 名無しさん@そうだ選挙に行こう 2005/09/11(日) 20:20:48 ID:tloXCISE0
wwwwwwwwウハッwwwww自民大躍進ッwwwwwww日本安泰wwww

http://makimo.to/2ch/news19_newsplus/1126/1126436591.html
【速報】総選挙投票終了! 各局の議席予想が出揃う
578 名前: 名無しさん@そうだ選挙に行こう 2005/09/11(日) 20:14:07 ID:sL5fIqZI0
ちゃねらーでニートやヒッキー、非正規雇用者、正社員でも年収600万未満の層は、今後激しい逆風が吹くことを
覚悟した方がいい。生きるか死ぬかまで「自己責任」の名の下にところん追い詰められるぞ。
自民は勝ち組のための政治だからな。
910 名前: 名無しさん@そうだ選挙に行こう 2005/09/11(日) 20:19:25 ID:ZfHGfgIM0
今回自民に投票した低所得者層が、この先どのような仕打ちを受けるのか非常に楽しみではある。

28 :名無しさん@3周年:2009/01/04(日) 16:39:24 ID:rgE8chwr
644 :文責・名無しさん:2008/09/14(日) 15:08:41 ID:B3jwyeBM0
昔自分も、政治に対してあまり関心がない頃テレビで小泉をみて自民党にしては
何か期待できそう、改革してくれそうと思ってた時があった。
その後政治に関心がでるようになり、いろんな本や雑誌などで小泉が実は政策など
何も知らない無能で新自由主義者、大蔵族、厚生族、銀行族など知るようになった。
最初は本当かどうかわからないと半信半疑だったが小泉が総理になり国会の答弁
で専門的なことはほとんど答えられないのを見てこいつは本当に馬鹿だったのか
と気付いたり、新自由主義、市場原理主義で有名な竹中平蔵を大臣にしたあたり
から小泉は痛みをともなう改革とはアメリカ型の大企業金持ち優先の弱者切り捨て
の改革と確信を持ちました。
ただその当時まだ国民の多くがそれに気付いてなく、郵政民営化で圧勝などを見て
歯がゆい思いをしながらも、自分も昔は小泉に騙されたので政治の関心が低い場合
小泉のようなタイプに騙されるのは仕方ないのかとも思いました。
だから小泉に騙された人はそんな人はたくさんいて決して恥ずかしいこではないの
で騙されたのを認めたくなく今でも小泉を支持してる人は考えなおしてください。
それとこのようなことが繰り返されないよう学校教育における政治、民主主義
メディアリテラシーの教育をしっかりやるべきだと思いました。

702 :文責・名無しさん:2008/09/27(土) 20:38:50 ID:QaLl+QI80
確かに一部(B層など)で小泉に人気あることは認めても
騙されたと怒っている人が増えたのにマスコミがそれを
あまり伝えていないのは異常だ。

自分達(マスコミ)がこのペテン師のような男を讃えてきたからか、
それとも 言われているように金の関係があるからか
こんなのも
734 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2008/12/16(火) 13:27:11
あの郵政選挙で小泉さんと共に抵抗勢力や公務員やシナチョンと戦ったことは
今でも俺の誇りだ。小泉さんの退任後に改革が後退したせいで景気が悪化し、
俺も今月限りで派遣先の寮を出なきゃいけないから荷物を整理してるんだが、
純ちゃんグッズだけはどうしても捨てられないんだよな。

29 :名無しさん@3周年:2009/01/06(火) 14:50:51 ID:Tx9MBgVt
>>6「小泉純一郎の構造改革を支持したB層の理由、その後格差と貧困に苦しむ労働者
の立場で考えて書きなさい」

173 :大人の名無しさん:2008/04/30(水) 10:52:45 ID:ZE3omEOH
自民党にこのまま任せると悪化するばかりなのはわかる。
白状すると小泉政権に票を入れた。でももう自民党には投票しない。
あくまでたしかな野党として共産党に投票するよ。
共産党が与党になったらそれはそれで問題だが。
日本の問題は労働党が無いことなんだろうね。
共産党に労働党的働きを期待する。

422 :大人の名無しさん:2008/09/05(金) 20:33:46 ID:C37XuRgD
この世代って3年前こぞって小泉マンセーしたな。
 派遣で苦しむのは自業自得ってこと。

423 :大人の名無しさん:2008/09/06(土) 09:44:30 ID:rMHF4Rv7
>>422
んなわけねぇ。一貫して野党支持だ。仮に元自民支持者がいたとしても
間違いを改めればいいだけ。よくまあ国民が苦しんでるのにそんなこと言うもんだ。

お前みたい自分さえ良ければ他人がどうなってもいいと思える国になっちまったから
こそ自民公明政権は崩壊しないといけない。

500 :大人の名無しさん:2008/09/20(土) 08:17:17 ID:MfPGG+uH
>また職場では「小泉にだまされた。期待をしていたが、痛みを押し付
>けられただけだった」など怒りの声が広がっていることも報告されま
>した。

532 :大人の名無しさん:2008/10/01(水) 14:59:42 ID:lXa342JU
構造改革の見本、アメリカがああじゃねー。やっぱ構造改革は
失敗だったてことで。野党に政権渡すしかないな。

30 :名無しさん@3周年:2009/01/06(火) 14:59:53 ID:Xw9z3rt7
【民主主義】

個人の人権である自由・平等・参政権などを重視し、多数決を原則として意思を決定することにより、
人民による支配を実現する政治思想である。

単純な多数決と混同されることが多いが、単純な多数決では、単に多数であることをもって、その結論
が正当であるとの根拠とするものであるが、民主主義として把握する場合には、最終的には多数決に
よるとしても、その意思決定の前提として多様な意見を持つ者同士の互譲をも含む理性的対話が存在
することをもって正当とする点で異なると主張される。

話し合いの場(日本で言えば国会など)で意見が複数出た時は、内容の良し悪しや内容より互いの立場や
以後の支持に対する損得で意見する為、折り合いがつきにくく、話し合いが長期に及ぶことにより迅速かつ
有意義な政治決定が行われにくいという欠点がある。

民主主義を無条件に広めると、

・ 知的教育を受けていない人
・ 恐怖や怒りなどの個人の損得感情に影響されやすい非理性的な人

も有権者となり、結果として衆愚政治となりかねない危険がある。
逆の言い方をすれば、民主主義の成功のためには

・ 国民の有権者全体が知的教育を受けられること、
・ 恐怖やマスコミによる扇動に惑わされず理性的な意思の決定ができる社会

が不可欠である。
法的概念における民主主義は、君主制などと対応する概念であり、連邦主義などとは並存するものである。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E4%B8%BB%E4%B8%BB%E7%BE%A9


31 :名無しさん@3周年:2009/01/06(火) 15:00:40 ID:Xw9z3rt7
【愚民化政策について】

@ 『WGIP(“War Guilt Information Programの略称)』
ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(“War Guilt Information Program”、略称“WGIP”)

文芸評論家の江藤淳が著書『閉された言語空間』(文藝春秋・1989年)に於いて第二次世界大戦後に
連合国軍最高司令官総司令部による日本占領政策として行われた宣伝として提示したもの。
“WGIP”の略称も江藤による。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%A0

A 『3S政策(抜粋)』

 占領政策の中で彼らがやってきた政策の中に『3S』…つまり、『SEX(性)、 SCREEN(映画)、SPORTS(スポーツ)』を
日本に定着させてしまえば、思想も何もなくなって従順になるだろうと。 その中で、プロレスというものは格好の材料
だったわけですよ。つまり、戦後に持ち込まれた娯楽というのは、そういう目的のものなんです。
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Gaien/2207/2002/shuchou128.html

B 『一億総白痴化(いちおくそうはくちか)』
社会評論家の大宅壮一が生み出した流行語である。「テレビというメディアは非常に低俗な物であり、
テレビばかり見ていると、人間の想像力や思考力を低下させてしまう」という意味合いが強い。

背景
元々は「週刊東京」1957年2月2日号における、以下の評論が広まった物である。

「テレビに至っては、紙芝居同様、否、紙芝居以下の白痴番組が毎日ずらりと列んでいる。
ラジオ、テレビという最も進歩したマスコミ機関によって、『一億総白痴化』運動が展開されていると言って好い。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E5%84%84%E7%B7%8F%E7%99%BD%E7%97%B4%E5%8C%96


32 :名無しさん@3周年:2009/01/06(火) 15:01:41 ID:Xw9z3rt7
@ 商=経団連+官僚(文官)+政治家

A 工=研究者・エンジニア

B 農=高齢・過疎化で衰退の一途

C 士=武官(軍人)、教育者(教師等)

D 更に下層=低賃金労働者・ホームレス

「資本主義が孕む矛盾・問題点」

19世紀における、レッセフェールが最高潮に達した時点で資本主義は様々な問題を抱えていた。

・ 低賃金、劣悪な労働環境
・ 物価の乱高下
・ 社会保障の不備
・ 貧富の格差、失業・無業・無産層の存在
・ 市場を求めて他国へ帝国主義的な侵略

これらに対する反動として大企業や資本家を打倒し労働者が主体の社会を目指すことで、資本主義の
抱える様々な問題点を解決する動き(共産主義)が生まれた。
http://car.biglobe.ne.jp/bestcar/brand_new_bc.html


33 :名無しさん@3周年:2009/01/06(火) 15:10:05 ID:Tx9MBgVt
>>18自民党の改憲したい議員の本音は大日本帝国復活なんだろう
少しずつ変えていって、最終的に天皇大権、国民は臣民へ
その後、アメリカと対立、そしてまた同じ失敗を繰り返す
ありえないと思ってる人は、明治の頃伊藤博文たちがその何十年後
まさか軍部に政府が乗っ取られ、天皇の権威を利用する
軍国主義の国になるとは想像してなかったことを考えてみればいい
民主主義なんて国民が無関心でしっかり監視してなければ
いつなくなっても、おかしくない
決して一度成立すれば永遠に続く訳ではない

自民党の議員は憲法や民主主義の歴史や思想など全然勉強してない奴が多そう
ていうより、本当はどうでもいいか、国家主義者か、馬鹿かどれかなんだろうけど。
宗教と愛国心教育が組み合わさり、さらに民主主義がなくなったら、どんなことに
なるか、日本だけでなく過去、現在を含めた歴史、国際情勢を勉強すれば
わかるだろうに。
ナチスが民主主義の制度を利用して政権についたが、その後は憲法も民主主義
を無視した独裁になった。
当時、ドイツはワイマール憲法のもと民主主義だった
ただナチスが支持を伸ばしていった理由には、色々あるが学校教育において
愛国心教育や当時の第一次世界大戦を正当化し対戦国を多額の賠償金と加えて
不満に感じさせ憎むような教育をしてたと言われてる事を忘れてはいけない。
もちろん、この教訓がドイツ、日本の占領政策に生かされることになる。
ただこういう歴史は日本だけでなくアメリカなども忘れてきてるよう感じる。
ドイツではナチスの亡霊とかいうのを聞いたことがあるが、日本にも
大日本帝国の亡霊のようなのが、国会議員のなかにいる。
これらが、政治的な影響力がなくなるようになるまで憲法改正なんて
とても怖くてさせられない。

34 :名無しさん@3周年:2009/01/06(火) 15:12:45 ID:Tx9MBgVt
丸山真男が語ったこと
「私は、ぬくぬくとした今日の環境の中で、戦後の民主主義などは空虚な
 イデオロギーだとか、平和憲法なんてたわごとだとかいう、いかにも
 わけしりの口調をマスコミでいう人を見ると、正直のところ、いい気な
 もんだなあと思いますが、それにしても、戦後民主主義や日本国憲法へ
 の疑問や懐疑が出されることそれ自体は大変結構なことだと思います。
 もしかりに、皆さんが、戦前に、大日本帝国憲法なんて虚妄だというよう
 なことを公然口にしたらどういうことになるでしょうか。
 皆さんはただちにつかまるだけではありません。おそらく一生涯、どこで
 なにをしてようと、国家権力によって、見えないところから皆さんの
 一挙手一投足をじっと監視される身になることを覚悟しなければなら
 ないでしょう。」

丸山は戦前、特高刑事や憲兵に訪問されたり、尋問されたり、見えない所から
じっと監視され続ける、という恐怖を十年以上にわたって感じ「精神の内側に
無限に踏み込んで行く日本国家権力の性格」を痛切に思い知らされたらしい。

現在の自民党を中心に国家主義的な右寄りな議員の考える憲法は今は戦前のような
国にするつもりはないと考えてたとしても、愛国心教育などでいずれ国家が国民を
統制する憲法に徐々に改正され過去と同じ失敗を繰り返す日本にされる恐れが
あります。そこには歴史上、権力は腐敗することや、権力が暴走することや、その
怖さの認識のなさを感じます。

35 :名無しさん@3周年:2009/01/06(火) 15:17:29 ID:Tx9MBgVt
>>7
日本の政治家は憲法第第99条でこの憲法を尊重し擁護する義務を負うとなってる
訳だから全員、民主主義を支持する議員のはず

憲法の最高法規性
いうまでもなく憲法は、国家の最高法規であり、国家のすべての法律や規則(法規)
そして組織は、憲法を頂点として定められている。日本国憲法第98条が
「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び
国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」と規定して
いるのも、この原則(憲法の最高法規性)の確認である。
また、憲法第第99条は「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の
公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」と規定し、これらの人々に
憲法尊重擁護義務をあらためて課している。
つまり、政治に携わる人々に、憲法を守り、さらに、憲法違反行為を予防し、
これに抵抗する義務を課したものといえるのである。
公務員等は、主権者である国民の信託によって、かつ国最高法規である憲法に
基づいて公務をつかさどっているのであるから、憲法を擁護しなければならないの
は当然であることから、フランス革命の成果である1791年のフランス憲法以来
世界の多くの憲法は、国政担当者や公務員等に憲法擁護義務を課し、また宣誓を
求めている。こうした人々が憲法をないがしろにすれば、重大事態となるからで
ある。
また、この条項には、ワイマール憲法が崩壊し、ファシズム(ナチス・ドイツ)
が形成された歴史を振り返るまでもなく、これら権力の座にある者が憲法を軽視
あるいは無視して国民の基本的人権を抑圧した事実に対する歴史的反省が込め
られているのである。

36 :高卒無党派:2009/01/06(火) 15:19:22 ID:zW+0JXDb
日教組粉砕して、教育勅語導入したらいいんじゃないか。

37 :名無しさん@3周年:2009/01/06(火) 15:22:16 ID:Tx9MBgVt
>>7 そして民主主義者で愛国心があるなら
当然国民に政治、民主主義について深い知識を求め日本の民主主義が衆愚政治に
ならないよう考えるはずで、愚民化政策して日本をどんどん駄目にするようなことは
しないはずです。
もし、するとすれば民主主義者でないか愛国心がないかでしょう。

でも>>31愚民化政策が自民党、官僚の日本国民教育の基本なんだろうな

38 :名無しさん@3周年:2009/01/06(火) 15:36:32 ID:Xw9z3rt7
【朝鮮総連、日教組、社民党に破防法を適用することは可能だと思われますか?】
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1412095399?fr=rcmd_chie_detail

こんな日教組ははやく破防法を適用した方がいいですよね??
1、歴史伝統文化を破壊し、国家解体をめざす。
2、護憲、反基地、反自衛隊、反安保
3、子どもの権利条約を早く作る
4、近現代史のみならず、天皇を中心とする我が国の歴史の全面否定。
5、新しい歴史教科書を徹底的に妨害、反対する。
6、東京裁判史観を固定せしめる
7、ジェンダーフリー教育、男女共同参画に便乗する。過激な性教育の実践、混合名簿、体育家庭科の共習、
 選択的夫婦別姓推進。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1419575354

【日教組に破防法を適用できないの?】
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/police/1223088395/

【間接侵略(かんせつしんりゃく】、英:Indirect aggression, Indirect invasion)
軍事学では国内において外国の関与の下に引き起こされる反乱、内戦、革命などを指す。
間接侵略は外敵としての国家によって行われる場合、その武力行使の主体は主に内敵、
通常では国内における反政府勢力、国内に在住する外国人の場合もある、である。
また軍隊や警察などの国家の武装組織もクーデターなどによって内敵となりうる。
しかしながら間接侵略の実質的な主体は通常ほとんど軍事力を持たないために、
その主要な戦闘方式はゲリラ攻撃やテロ攻撃、破壊活動などの非在来型となる。
そのために間接侵略は治安紊乱との区別が非常に困難である場合が多く、
しばしば認定問題となる。
間接侵略は非常に秘匿性が高いためにその行為の内容や行為主体の特定が難しい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%93%E6%8E%A5%E4%BE%B5%E7%95%A5


39 :名無しさん@3周年:2009/01/06(火) 15:37:20 ID:Xw9z3rt7
[教育勅語]

内容

教育勅語は、明治天皇が国民に語りかける形式をとる。まず、歴代天皇が国家と道徳を確立したと
語り起こし、国民の忠孝心が「国体の精華」であり「教育の淵源」であると規定する。

続いて、父母への孝行や夫婦の調和、兄弟愛などの博愛、学問の大切さ、遵法精神、事あらば国の
為に尽くすことなど12の徳目(道徳)が明記され、これを守るのが国民の伝統であるとしている。

以上を歴代天皇の遺した教えと位置づけ、国民とともに明治天皇自らこれを守るために努力したいと
誓って締めくくる。

これは、西洋の学術・制度が入る中、軽視されがちな道徳教育を重視したものである。
もちろん、西洋文明にも宗教(キリスト教)を背景とした道徳教育は存在するが、それを直接日本人に
適用するわけにもいかず、かといって伝統的に道徳観の基本として扱われてきた儒教や仏教を使うこと
も明治新政府以降の理念からすれば不適切であった。

このため、伝統的な道徳観を天皇を介する形でまとめたものが教育勅語とも言える。

こうした道徳観は、伝統的な儒教とは異なるものであり、江戸時代の水戸学からの影響が指摘されている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%99%E8%82%B2%E3%83%8B%E9%96%A2%E3%82%B9%E3%83%AB%E5%8B%85%E8%AA%9E

40 :名無しさん@3周年:2009/01/06(火) 15:37:45 ID:Xw9z3rt7
「教育勅語」発布の経緯

1890年(明治23年)10月30日に発布された教育勅語は、山縣有朋内閣のもとで起草された。
直接の契機は、山県の影響下にある地方長官会議が同年2月26日に「徳育涵養の義に付建議」を
決議し、知識の伝授に偏る従来の学校教育を修正して、道徳心の育成も重視するように求めたこと
による。

明治天皇が以前から道徳教育に大きな関心を寄せていたこともあり、榎本武揚文部大臣が
道徳教育の基本方針を立てるよう命じられた。

ところが榎本はこれを推進せず、更迭された。
後任の文部大臣に山県が腹心の芳川顕正を推薦したのに対して、明治天皇は難色を示したが、
山県が自ら芳川を指導することを条件に天皇を説得した。

文部大臣に就任した芳川は、女子高等師範学校学長の中村正直に原案を起草させた。



41 :名無しさん@3周年:2009/01/06(火) 15:53:41 ID:Tx9MBgVt
儒教と教育勅語
http://www.geocities.jp/shougen60/jukyo.html 一部

その内容は、儒教の大きな影響のもとに作文されたことは、儒教の説くところを
知れば明らかとなります。

儒教では、前述した通り、もともと体制秩序は自然と同じように不変とされる故に、
秩序が乱れる原因は組織体制にあるのではなく、すべての原因は個人の責任に還元
されます。ところが、天道・天下・仁(普遍愛)と、五倫的人間関係という血統・
特殊・義理(差別愛)とは両極端を志向する矛盾を含んでいます。
しかも現実の体制を絶対化するために、儒教は政治権力に利用され保守主義に転化
します。徳川幕藩体制は、まさにそのような秩序で固められていた社会でありました。

「(儒教的)秩序の基本的構想自体が、人間の上下関係と親疎関係を基軸とした秩序
であって、そうした特殊な人間の秩序づけが秩序一般と等値され、それからの背反は
直ちに無秩序──つまりジャングルの法則だけが支配する禽獣世界への転落を意味する
と考えられたのである。ここには、普遍的な平等と友愛理念を基軸として、他者との
間に関係をとりむすぶこともまた秩序形成であるという考え方、あるいはまた、自他の
利害の対立、少なくとも不一致を社会の出発点とし、そうした特殊利害の間の抗争・妥協
・調整のプロセスを通じて、自発的に、いわば下から共同利害が形成されてゆくのも秩序
形成の一つのあり方であるという考え方も、はじめから視野の外にあったのである。
 儒教的「民本主義」は結局、政治的権威の慈恵的統治(親子関係をモデルとして社会関係
を判断する考え方)を出ず、その人間尊重からは人権理念を内在的に導き出すことができない。
 だから儒教的政治思想の問題性は、秩序に重きをおきすぎたことにあるのではなく、秩序
そのものの考え方にあるわけである。これが儒教思想が保守主義としてもそのままでは普遍性
を持ちえない所以である。倫理思想としても、家族・宗族ないしは村落共同体を超えた広汎な
社会関係が形成され、それを規律する公共倫理が必要とされる度合いにしたがって、儒教は
普遍的倫理としての難点をあらわにしてゆかざるをえない」

42 :名無しさん@3周年:2009/01/06(火) 15:54:46 ID:Tx9MBgVt
「儒教では、前述した通り、もともと体制秩序は自然と同じように不変とされる
故に、秩序が乱れる原因は組織体制にあるのではなく、すべての原因は個人の責任
に還元されます」
この前提に重大な錯誤が含まれています。何故なら、自然の山川草木や動植物には
人間の頭脳から生まれる欲望はないからです。人間だけが所有欲・支配欲・名誉欲
・権力欲など、際限なく欲望を拡大するのです。

したがって、社会を構成する様々な組織体制のトップ(これを首脳とか頭取と呼ぶ)
に私利私欲があれば、その社会は決して自然に等しい不変の秩序は保たれません。
その場合、秩序が乱れる原因は、まさに頭脳の役割をもつトップにあります。
人間の集団組織は自然のように不変ではなく、トップによってどのようにも変化
するのです。
日本の政治的首脳は総理大臣(首相)であるとすれば、美しい自然のような
「美しい国」になるためには、首相が「美しい心」を体現しなければ不可能で
ありましょう。

保守派は日本の伝統とか言いながら、なぜ中国の儒教的な思想と価値観なのか?

結局、日本には独自の思想などないのなら、欧米の自由、平等、基本的人権
の民主主義、立憲主義でいいのでは。
他国の文化などいいところは何でも、取り入れるのがむしろ、日本の伝統では。

43 :名無しさん@3周年:2009/01/06(火) 15:57:22 ID:Tx9MBgVt
80 :無党派さん:2008/03/22(土) 12:57:40 ID:yCefgunj
>>78
保守派の連中が言うところの「日本の伝統」とはほとんどの場合、「大日本帝国の伝統」のなかの
自分にとって好都合なもののこと。

それ以前の日本(列島の各地で存在した「伝統」)がどうであったかとか、考えたことなどないだろう。


81 :無党派さん:2008/03/22(土) 15:51:27 ID:D1a27d2k
「大和魂」という言葉が存在するが、これは本来は外来の知識を摂取して、柔軟に応用する姿勢を
指したものだからな。そもそもナショナリズムとは対極に位置する概念。

>>80
で、その「大日本帝国の伝統」というのは元をたどれば
中国・朝鮮の朱子学原理主義型の儒教+ドイツ型中央集権だからな。

保守派の連中はしばしば中国や朝鮮を非難するが、彼ら自身が中国・朝鮮的な思考に
犯されてるとしか言いようがない。まさにフォースの韓国面に堕ちているwww

日本の伝統から考えれば英米型自由主義とフランス型立憲主義を組み合わせた
レッセ・フェール的な体制が相応しい。

で、そのことを理解してる議員が民主党右派(ってか日本新党・さきがけ)の一部にしかいないから困る。

44 :名無しさん@3周年:2009/01/06(火) 23:34:16 ID:Xw9z3rt7
【保守(ほしゅ、英: Conservatism)】

政治思想のひとつ。対義語は革新だが、日本においては「保守=conservatism」とは
一概に言いがたいため、保守を革新の対義語として括るのは難しい。

概要
伝統とは何かに関しては、能や歌舞伎のような実体を伝統とする説から、生き方・精神の形
・言葉づかいの規則のような形式を伝統とする説まで諸説あるが、保守主義や保守的といった
言葉が指すのは、特殊な場合を除いて、この政治思想としての保守主義である。

対立する概念は、革新と呼ばれる現状変革を求める考え方である。
また、保守主義は、変化を求める側からは批判的に守旧派・反動派と呼ばれる場合もある。
だが保守主義は、以下に見るように、単なる現状維持としての守旧や復古主義的な反動とは異なる。

思想の歴史
保守主義はもともと英米の政治思想であるが、その影響からか、フランス、オランダ、スペイン、
ドイツ、ロシア、そして日本などにも保守思想家が点在する。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%9D%E5%AE%88


45 :名無しさん@3周年:2009/01/06(火) 23:34:36 ID:Xw9z3rt7
(つづき)
思想の特徴

保守主義者たちは、基本的には人間の思考に期待しすぎず、「人は過ちを犯すし完全ではない」という
前提に立ち、そして謙虚な振るまいをする。

さらに、彼らは「先祖たちが試行錯誤しながら獲得してきた知恵が伝統的価値観(慣習、宗教、美徳、道徳、
政治体制など)の中に凝縮されている」と考え、この価値観を尊重する。

また彼らは、「国家は祖先からの相続財産であるから、現在生きている国民は相続した国家を大切に維持し
子孫に相続させる義務がある」と考える。

その結果、彼らは過去・現在・未来の歴史的結びつきを重視する。
このように保守主義は懐古趣味とは異なる未来志向の要素も含んでいる。また、彼らは「未来を着実に進む
ためには、歴史から学ばなければならない」と考える。
これは、歴史とは先人たちが試行錯誤してきた失敗の積み重ねの宝庫だからだという。

さらに彼らは、「権利も、国家と同様に、先祖が獲得したものであり、先祖から譲り受けたもの、つまり相続財産
である」と考える。
すなわち、彼らは権利の根拠は相続したことにあると考える。
このように、保守主義はただ人間であるということが根拠となって権利が発生すると考える人権思想とは異なる。

また西洋の貴族出身の保守派の多くは、自らを騎士道精神の継承者と自負しているので、共産主義、ファシズム、
そして国粋主義などの思想に対して、祖先から相続した郷土を踏みにじるものとして反発する。

保守主義は基本的に伝統的価値観を肯定し、過去と現在との歴史的結びつきを重視する。
ただし伝統的価値観の内実はさまざまであるため、保守主義者たちがいつどの価値観を保守するととなえるかに
よって主張の内容が異なってくる。


46 :名無しさん@3周年:2009/01/06(火) 23:34:59 ID:Xw9z3rt7
(つづき2)
保守主義者たちは理性を懐疑する。
フランス革命で理性主義を掲げたジャコバン派が議会を暴走させ、道徳を退廃させ、そして自由を軽視した
という過ちが、彼らがそのように懐疑する理由の一つである。
同様の過ちはロシア革命など多くの革命にも見られる。
こうして保守主義者たちは伝統擁護や漸進的変革をとなえ、左翼革命を否定的に見る。

日本・ドイツ・イタリアなどの旧枢軸国やスペインなどの後進資本主義国では外圧によって伝統的な暮らしや
文化などが失われた。
そのためにかえって、それらの国では国家への帰依(国粋主義)を求める声が強く起こり、20世紀前半のファシズム
・全体主義の台頭につながった。

現在でも日本の保守主義者の中には戦時中の全体主義や国体を評価する者が多い。
ただし、戦時中は右翼内部においても国体を強化するための国家革新を唱えた「革新右翼」の動きがあり、そのことが
日本において革新およびこれと対をなす保守の概念を混乱させる一因となっている。

英仏の貴族や特権階級などを中心とする保守主義は、逆に国粋主義を否定する。

一方でアメリカにおいては保守主義は家族を基本的な価値として尊重し、政府は家族や私有財産を脅かす存在
として警戒の対象になる。
レーガン大統領が所得税を減税し、ブッシュ大統領が遺産税の廃止を推進したのはアメリカの保守思想に裏打ち
されたものである。
それゆえ、アメリカの保守は国家主義的な日本の保守とは対極的な立場とも思える。
ただし、日本の保守主義者の中にも家族の価値を唱え、育児や介護の社会化に反対する者もおり、この場合はアメリカ
の保守との共通点が見られる。

保守主義は、伝統的価値観との親和性が高い農業などの第一次産業にたずさわる人たちが多く住む農村部や、キリスト教
などの土着の宗教組織を支持母体とすることが多い。
また、資本主義化した社会では大企業・資本家も既得権益を持つものとして保守主義を支持する傾向がある。


47 :名無しさん@3周年:2009/01/07(水) 10:26:29 ID:6db66fBK
私は、日本の政治のなさに嘆く毎日であります。どうすれば良い政治が出来るか?
それはもはや欧米から民主政治のプロを呼んで彼等に行政改革をさせる以外に他に方法が
ありません。各省庁や各都道府県庁に欧米人の政治顧問を派遣し徹底した政治の欧米化を図ります。
少しでも官僚主義的なもの、民主的でないものはすぐに排除できるような体制をとります。
また、各省庁及び都道府県庁に米軍を中心とする国連軍=多国籍軍(欧米諸国に限る)を派遣して
監視を行う。そうすれば日本はよりクリーンで国民に開かれた政治になるでしょう。他方在日の参政権
の問題がありますが、在日が日本の政治に絡むと日本の政治は益々混迷し腐敗することでしょう。現に
日本の政治家や官僚をそそのかしているものの要因の一つが在日です。しかし在日は非常に頭がいいです。
おそらく世界中にいる朝鮮民族の集団の中で最も賢い人達でしょう。彼等には、韓国内において被参政権
を獲得させて在日に韓国の国政を運営してもらいたいです。韓国の国民もおそらく将来的には在日韓国人
の大統領に国を立て直して欲しいと願っている筈です。そうすれば日本にとっても扱い易い国になって
一石二鳥です。




48 :名無しさん@3周年:2009/01/07(水) 17:24:32 ID:nskugHVa
>>47 先ず、「前提」として日本はいまだに独立国・主権国家ではありません。
それが証拠に、「米軍基地」により軍事的(核を含む)に保護されていること、
米国から要求される「年次改革要望書」に基づき、各省庁の官僚が業務して
いることを「考察」してください。

 『内閣総理大臣』以下の国会議員は、プロレスラーに過ぎません。
なぜならば、各省庁が描いた「ブック」のとおりに国会をこなすだけの存在に
過ぎないからです。

 真の独立を願うのならば、北鮮「核武装」して米国の保護から脱しなくては
いけませんが、それだけの覚悟・気概が今の「国民」にあるのでしょうか?
私見ですが、時期尚早だと考えます。(以下コピペ)

【保護国と被保護国について】
 保護国の特徴は、名目上は主権を保持し、国土の保全を確保しながらも、一部あるいは大部分の主権を宗主国に
委ね、特に外交および軍事では保護国側が制御できないというものです。
 これらは条約によって規定されるので、どこまでが干渉されるか具体的な制限事項、協力事項については各国様々と
なります。

 からなずしも大国の支配目的ばかりではなくて、小国が軍事的保護下に入りたい場合にもこういう関係は出現します。
http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa3987743.html



49 :名無しさん@3周年:2009/01/08(木) 14:59:22 ID:CdBntAhB
 文部省著作教科書『民主主義(上・下)』(1948・1949年刊)より
人間を個人として尊重する立場は、個人主義である。だから、民主主義の根本精神
は個人主義に立脚する。軍国主義の時代の日本の政治家や思想家たちは、民主主義を
圧迫した。したがって、その根本にある個人主義を、いやしむべき利己主義であると
ののしった。しかし、これほど大きなまちがいはない。個人主義は、個人こそあらゆる
社会活動の単位であり、したがって、個人の完成こそいっさいの社会進歩の基礎で
あることを認める立場である。すべての個人が社会人としてりっぱになれば、世の中は
自然とりっぱになる。個人個人の生活が向上すれば、おのずと明かるい幸福な社会が
作り上げられる。ゆえに、尊重さるべきものは、「一部の人間」ではなく、まして
いわんや「おのれひとり」ではなく、生きとし生ける「すべての個人」である。
その考え方のどこに、いやしむべき利己主義がひそんでいるであろうか。

50 :名無しさん@3周年:2009/01/08(木) 15:00:33 ID:CdBntAhB
続き
民主主義に反対するものは、独裁主義である。ゆえに、独裁主義は個人主義を
排斥する。そうして、その代わりに、全体主義を主張する。
全体主義は、個人を尊重しないで、個人をこえた社会全体を尊重する。民族全体
とか国家全体とかいうようなものを、一番尊いものと考える。・・・
 独裁者は、国民にそういうことを教えこんで、国民が犠牲をいとわないようにしむける。
そうして、これは民族のためだ、国家のためだといって、「滅私奉公」の政策を強要する。
その間に、戦争を計画し、戦争を準備する。戦争ほど個人の犠牲を大量に必要とするものはない。
だから、戦争という大ばくちをやろうとする者は、国民に、国家のために命をささげるのが
尊いことだと思いこませる。道徳も、宗教も、教育も、すべてそういう政策の道具につかわれる。
 全体主義者は、民主主義をけなすために、民主主義は個人主義だから、民主国家の国民は国家観念
がうすく、愛国心に乏しいという。愛国心に乏しいから、いくら軍艦や飛行機をたくさん持っていても
戦争には弱いという。それがどんなに大きなまちがいであるかは、今度の戦争でよく証明された。
 民主主義者は、国家の重んずべきことを心得ている。祖国の愛すべきことを知っている。
しかし、国家のためということを名として、国民の個人としての尊厳な自由や権利を踏みにじることに
対しては、あくまでも反対する。国家は、社会生活の秩序を維持し、国民の幸福を増進するために必要
な制度であってこそ、重んぜられるべきである。国民がともに働き、ともどもに助けあい、一致団結して
築き上げた祖国であればこそ、愛するに値する。民主主義が最も尊ぶものは、個人生活の完成であり、
すべての個人の連帯・協力によって発達して行くところの社会生活である。国家は、さような社会生活の
向上・発展を保護し、促進するために存在する政治上の組織にほかならない。・・・

51 :名無しさん@3周年:2009/01/08(木) 15:05:12 ID:CdBntAhB
長谷川如是閑
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/sociology/1179906079/

長谷川如是閑は国家の理念など語ろうとしない。いかに国家が巨大な現実として
眼前に立ちはだかっていようとも、それは本来の人間の生活と社会のあり方からの
疎外感でしかないのであり、それにたいして何らかの理念や理想を托そうとする
発想自体、ひとつの観念的倒錯なのである。彼の努めたことは、逆に、その観念化
された国家の現実暴露であって、国家なる存在を、人類文明史が生み出したグロテスク
でおぞましい、一個のモンスターの如きものとして描き切ってみせることであった。
国家はもとより自明の存在でなく、むしろ本来的に国家悪を運命づけられた存在に
ほかならない。
近代資本主義国家では、征服本能が所有本能と一体となって自由な闘争を展開する
結果、国家悪が産業悪と相乗する国家の商人化が進む。
如是閑は日本人の愛国的精神は実は最近の産物で、一、二代前の私たちの祖先には
決して自明的に解っていた精神でもなければ、忠実に守られた精神でもなく
国家は個人の集団的生活に必要な機関に過ぎないという。




52 :名無しさん@3周年:2009/01/08(木) 15:06:09 ID:CdBntAhB
戦後、長谷川如是閑は敗戦後の日本人にとっての急務は、まずは、西洋民主主義の成立
と発展の事情について学ぶことだ、当面の政策を考えることも重要かつ緊急である、
しかし迂遠の道のようだが「根本の問題だけを」を考えよ、と繰り返し述べている。
戦後の日本人をみると敗けに乗じて、商人をはじめあらゆる人々が利己主義に走っている。
ここで、如是閑は、言論人も含めて、知識人はどうあるべきかに苦言を呈している。
戦後の精神文化面の解放は、文化人が身を捨てて贖ったのではなく、勝利者の意図で
天降り式に与えられたのであるから、まず、自由主義、民主主義についての正しい認識
を科学的、実証的に学ぶべきで社会主義、共産主義についてもしかりであると。
そして、第一次世界大戦敗北直後のトレルチと同じく、戦後ドイツにおける政治上の
民主主義は、欧米の市民革命にみられる心の革命を前提とした運動であるべきだと捉えて
いたから、民主主義の確立には生活一般とくに文化的性格の民主化が必至である、この点
を無視すると、明治二十年代以降の日本の二の舞になると指摘している。
さらに、当時、政府、自治体、官僚、産業界、教育界などが一から十までマッカーサー司令部
の指示を待ち、その自主性を喪失している状態を嘆き、現在は進駐軍が民主化を進めているから
よいが、撤退したあとに、旧軍人などが新しい反動勢力を形成するのを防止するためにも
早急に国民の政治意識を高める必要があることを提案している。

今の日本の状況も同じで、国民の政治意識を高めないと、明治二十年代以降の二の舞で、
軍国主義とまでいかなくても、貧富の差が激しい国家主義的な日本になる気がします。
明治二十年代は大日本帝国憲法が発布された頃です。

53 :名無しさん@3周年:2009/01/08(木) 16:49:44 ID:ZrANaQuw
>>33
なんか、敗戦直後の「空気」とにてる論調だな!
国民の皆さんは悪くありませんよ。皆さんは「売国政治家」の犠牲者なんですよ。
(だから、戦勝国グループの言うことを信じて、洗脳から醒めないでね!)ってか?


54 :名無しさん@3周年:2009/01/09(金) 15:52:48 ID:MyRZ1jbH
>>44 保守について
中島岳志・芹沢一也・他 「保守・右翼・ナショナリズム」
http://kazuyaserizawa.com/synodos/mm/discussions/00/index.html から

保守思想についてですが、保守の一番の基礎のところは、人間の個人的な理性に
よって理想社会がつくれるという考え方に対するアンチです。そんなものは不可能だ。
人間はおごり高ぶるなという発想です。あるエリートの突出した理性によって社会が
合理的に設計され、それに基づいて理想的な社会をつくることができる。こういう
理性的な統治の理念に対して、それには限界があるとういことを常に言い続けるのが
保守というものが持っている一番の核心部分であるわけです。

保守主義の姿勢として共通しているのは、「極端を疑う」という態度です。例えば二者択一
という状況を疑う。典型的なのは「大きな政府vs小さな政府」という発想。今の保守は
「小さな政府」論にいってますが、本来であればどちらにも乗らないはずです。なぜならば
保守の観点から立てば「極端」が問題であるため、本当の問題は「大きすぎる政府と小さす
ぎる政府」なのだということになる。「大きすぎる政府」というのは専制的なものになり、
累進課税のようなものが極端になり人の自由が奪われてしまう。一方で「小さすぎる政府」
は、極端な格差社会を生んでしまう。その秩序の乱れに対し、権力による歯止めが必要で
あるということになる。そこで例えば西部さんは、「中くらいの政府こそが保守である」と
言う。簡単に言えば、バランスを取るということです。

55 :名無しさん@3周年:2009/01/09(金) 15:54:19 ID:MyRZ1jbH
しかし、今は構造改革の「熱狂」の中で、極端なアメリカニズムの方に行く。左翼も保守
も新自由主義の方向へと向かう。そういう状況下ですね。保守も左派も勘違いしているの
は小さな政府になると権力が小さくなると思っている。これは真逆です。小さな政府が
進めば責任のアウトソーシングが生じる。典型的なのはイラク戦争時における民間会社から
の傭兵派遣です。何か現場で問題が起きれば、会社の責任に出来る。となると、戦争を
しながらも現場での虐待などを国家が責任をとらなくてよくなる。しかし権限だけは残る。
つまり、責任を取らずに済む権力が生じるため、権力が肥大化する。だから新自由主義は、
権力を小さくはしないわけですね。
権限には責任に伴うということを担保し、国家権力のあり方としてのビジョンを求める。これが
保守です。これは、立憲主義という問題にも関わってきます。先ほども申し上げましたように、
保守は人間の理性を疑う。常に、すべての人間は間違えるという大前提がある。そこに立った
とき近代保守というのは立憲主義と言うのを重要視してきた。立憲主義とは何か。まず一つは、
人間は間違えるので、国民というのは間違える。だからこそ国民を規制しなくてはならない。
これが一般法です。だから暴力は国家が合法的に、独占的に支配する。萱野さんがずっと議論
していることですね。しかし、その法を制定する側の行政や国家の側の理性も疑わしい。
国家理性というものも万全な形では存在しないし、行政官も国会議員も間違える。となれば
彼らに対しても逆に規制をかけなくてはならない。 そのために憲法が必要になると。

56 :自民党の言う保守とは?:2009/01/09(金) 15:57:23 ID:MyRZ1jbH
つまり、一般法というのは国民を縛り、憲法というのは国家を縛る。国民の側からの国家への
禁止の体系が憲法ですね。基本的人権を侵してはいけない、政教分離を守れ、戦争をするな。
そういう禁止の体系です。日本の憲法99条には、憲法を守る義務が公務員にあることを明らか
にしている。このように国民ではなく国家をしばる憲法、これを保守は重要視してきた。
その際、リベラルの側の立憲主義が考えるのは、その「国民」をどこに設定するのかといえば
生きている人たちを想定する。保守は、そこに過去の国民を含む。だから憲法というのは、
歴史性に担保されていなければならないと考える。だから歴史的な国民というものが、現在の
政治を律していると考える。
しかし今保守と呼ばれている人は、この立憲主義を掘り崩そうとしていますね。国民に対する
義務を入れろとか、規範を書き込めと主張している。保守としての足元を崩そうとしているの
ですが、結局は政治の側を規制する憲法をなし崩しにすることになっていまっている。

自民党は保守と自称してるが、このサイトの理論では憲法で国家を縛る意識を
保守は重要視とある、ならば今の自民党の考える憲法とは違うことになる。
もしかしたら自民党は民主主義における保守ではなく、国家主義の保守ということ
なのだろうか。

それと何かで日本の本当の保守で新自由主義はありえないとも誰かが言ってた。

57 :名無しさん@3周年:2009/01/09(金) 16:00:01 ID:EryCiwJ6
>>1
つまりコンドームをしない方が気持ちいいんだろ

58 :自民党の言う保守とは?:2009/01/09(金) 16:10:18 ID:MyRZ1jbH
>>56国家主義の保守=大日本帝国の保守=戦後民主主義の否定
という意味です 

59 :名無しさん@3周年:2009/01/09(金) 16:50:53 ID:Gwy5+NXU
保守が>>54-56で書かれているとおりなら
現在の保守=サヨクに他ならないと思うんだが。

60 :名無しさん@3周年:2009/01/09(金) 16:58:20 ID:Gwy5+NXU
いや、「リベラルの側の立憲主義」=サヨクかな。
過去の常識や慣習が、無条件に継承し守らなければいけないほど美しい
とも思えないからな。それこそバランスだ。


61 :名無しさん@3周年:2009/01/11(日) 15:44:55 ID:BKBj0HbV
ある本に若者の政治的無関心の原因の一つとして、日本における政治教育の不毛
とある。日本の中学、高校では社会科、公民科、などの時間に民主主義を担う健全
な主権者を育成することが一応目標とされている。
しかし実際には健全な市民の育成とは程遠い教育が行われている。
高校までの教育では、文科省の定めた学習指導要領が絶大な支配力を持ち、指導要領
をはみ出すことは教えてはいけないし、指導要領で要求してあることを無視してはいけ
ない、さらに大学入試への対応も考えなければならない。民主主義を担ってほしいと
いう若者に思いを伝えることなど、とうていできない。
かくして、政治経済は、アリストテレス、ホッブス、ルソー、社会契約説など人名や
語句をならべた教科書を読み、それらを暗記するという退屈な授業になってしまう。
政治経済という科目を勉強する目的は、主権者として実際に政治かかわるための
ハウトゥーを学ぶことであるはずだが日本の学校で学ぶ政治経済は、死んだ学問である。

62 :名無しさん@3周年:2009/01/11(日) 15:59:43 ID:m2vrY9Qc
所得税廃止
福祉廃止
国防・裁判・治安以外で国家権力の介入を認めない

63 :名無しさん@3周年:2009/01/11(日) 16:06:01 ID:BKBj0HbV
>>61続き
なぜこんなことになるのか。それは文科省の役人をはじめとする保守的な大人たち
が、若者に民主政治を支える公民になってほしいという建前を並べながら、実の
ところ若者に政治に関心を持ってほしくないと思ってるからである。
若者が保守化して久しいが、文科省の役人や自民党の文教族の政治家は、若者が
政治に関心を持ったらまた反体制運動を行うのではないかと恐れている。
だから、政治経済を退屈な暗記科目にしておいて、若者から政治を遠ざけたいと
思っている。
政治教育は、民主主義の裾野を広げるという、政治のための先行投資である。
日本で政治教育に対する教育が低かったのは、民主主義の裾野を広げることへの
意欲、関心薄かった表れである。日本でも一応民主主義という看板は政治家は
否定しないが、プロの政治家、特に保守的な政治家は、政治は政治家の仕事であって
普通の人々は過度に関心を持ったり、運動を起こしたりしないほうがよいと考えて
いる。だから、民主主義の裾野を広げることに消極的なのである。

64 :名無しさん@3周年:2009/01/11(日) 16:23:10 ID:BKBj0HbV
>>63 続き
選挙の時に棄権するのは、権利に上に眠る行為である。棄権するのも権利の行使
だという人もいるが、これはとんでもない誤解である。
言うまでもないが、選挙は投票した人だけがカウントされる。候補者や政党さらに
今の政治について言いたいことがある人の意見も、投票に行かなかったらまったく
無視される。
つまり棄権は相対的な多数派(絶対数では少数派かもしれない)に政治的な決定に
ついて白紙委任をしたことになるわけである。選ばれた政治家が自分の考えと違う
ことをしても、文句を言えない。自分の考えにより近い候補者や政党を選ぶ機会が
あったにもかかわらず、その機会を自ら放棄したからである。
権利というものは、使うべきときに使っておかなければあとでこんなはずではなかった
と後悔することもある。

65 :名無しさん@3周年:2009/01/13(火) 20:31:15 ID:ySCXTbYx
良レス

66 :名無しさん@3周年:2009/01/15(木) 15:58:02 ID:G4Nt2xO5
ニート、ひきこもり、物をあまり買わない、結婚しない、少子化も意識的、無意識
を別にして政治に対しての抵抗権な気がする

ロック
政府が権力を行使するのは国民の信託 (trust) によるものであるとし、
もし政府が国民の意向に反して生命、財産や自由を奪うことがあれば抵抗権を
もって政府を変更することができると考えた。抵抗権の考え方はのちに
バージニア権利章典に受け継がれていく。
バージニア権利章典では、生まれながらの権利として、財産に対する権利、
生命に対する権利、自由に対する権利が挙げられています。幸福な人生を送るため
に、財産を取得し、生命の危険にさらされず、自由を享受する権利は、人間が
生まれながらにして持っているものであり、かつ、譲り渡すことができないと
考えられたのです。
その後、経済的な発展に伴い、富める者が現れる一方、経済的弱者が大量に生み出されました。
その結果、20世紀に入り、生存権、教育権、労働基本権などの社会権または社会的基本権と
呼ばれる人権が基本的人権のカタログに加えられました。生存権とは、国民が健康で文化的な
最低限度の生活を営むための条件を国家に要求する権利です(憲法25条)。

日本国憲法

第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する
国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、
最大の尊重を必要とする。

第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上
及び増進に努めなければならない。

67 :名無しさん@3周年:2009/01/15(木) 16:09:48 ID:G4Nt2xO5
■愛国教育の罠ー公務員による国民支配の陰謀ー
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/seiji/1231928769/

1 :名無しさん@3周年:2009/01/14(水) 19:26:09 ID:/lCpnSfs
「日本はいいこともした」などという愛国歴史教育。
その実体は、高級官僚の目線で、公務員の誇りを取り戻すための運動に他ならない。
「日本はいいこともした」などというが、戦前の公務員、為政者の失政と悪行を覆い隠し、美化する側面があることに気をつけるべきだ。
「愛国心」などと聞こえのいいことを振りまいて、戦前の為政者、高級官僚の視点に基づき、公務員が威張り散らし、国民を支配する目論見があると考えるべき。
戦前は美しかった?公務員が威張り、公務員の悪行が隠蔽されてきた戦前が美しい?
謝罪外交などと揶揄されるが、謝罪するのは官僚や政治家で、漏れら国民には関係ないことだ。
てめえらが主導した戦争で、謝罪するのは当然。むしろざまあみろって笑うべき。
官僚が自分の誇りを傷つけられたからって、国民が同情する必要はないのだ。
国民を欺き、無益な戦争に動員した無責任な権力者たちが戦後も権力を担い、自民党を作って来た。
公務員改革といえば、虚弱日教組を敵視するだけ。君が代強制、歴史教科書問題で、公務員らが威張り散らしている事態はすでに現実のものになっている。
今年の選挙こそ戦争犯罪人とその後継者どもの歴史的悪行に裁きを下すときだ!

「国を愛する」とは聞こえはいいが、所詮はエリートによる国民支配体制の確立だ。
愛国心の名の下に、公務員はいいこともした!公務員の誇りを!などと言いたいのだろう。

これを変えるには、あらゆる選挙で、自民系議員を落選させ、政権交代を実現することが必要不可欠だ。
来る国政選挙、地方選挙で自民党を権力の座から追い落とし、教育を国民の手に取り戻そう!

68 :名無しさん@3周年:2009/01/15(木) 17:27:59 ID:2EtLeHSu
【愛国心(あいこくしん、英:patriotism)】

愛国(あいこく)、とは、国民が自らが育った、あるいは所属する社会共同体や
政治共同体などに対して愛着ないし忠誠を抱く心情である。

概説
一口に「愛国心」といっても、話者によってその意味するところには大きな幅がある。
愛国心の対象である「国」を社会共同体と政治共同体とに切り分けて考えると分かりやすい。

社会共同体としての「国」に対する愛着は「愛郷心」(あいきょうしん)と言い換えることが出来る。
政治共同体としての「国」に対する愛着は「忠誠心」(loyalty)と言い換えることが出来る。
愛国心によって表出する態度・言動の程度は様々で、

郷愁(仏:nostalgie)から国粋主義(英:nationalism)まで幅広い。

よってこれらを十把一絡げに「愛国心」と表現することもできるため、その内容は往々にして不明確である。
また、愛国心を訴える事は政府側からのみでなく、反政府側からも行われることである。

政府側の期待する「愛国心」は現政府に対する「忠誠心」と解釈できる。

反政府側の訴える「愛国心」は革命後の新政府に対する「忠誠心」もしくは国家体制に関わらない「愛郷心」と解釈できる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E5%9B%BD%E5%BF%83


69 :名無しさん@3周年:2009/01/17(土) 15:47:09 ID:QtcymVsv
森喜朗元内閣総理大臣の「まだ決めていないという人が40%いる。こういう人
たちが寝てしまってくれれば、それでいいんだが、やっぱりそうはいかない」の
発言が自民党の本音、だから政治教育、民主主義教育なんかするはずがない
投票率が上がれば組織票の威力が減る、無党派層は特に政治思想がなく世の中や
自分の生活に不満があれば野党に投票する人のほうが多い。
国民を政治に無知、無関心にしておくのが自民党にとって都合が良い。
そして自民党は、「現世利益」で結びついた強固な地盤をもっているということで
ある
投票率の低い選挙では、この「現世利益」が残念ながらものをいう。自民党に世襲
が多いのは、世襲する当事者の問題だけでなく、周囲が世襲候補を立て「利権」を
継承させようとする傾向もある。
「カネ」と「利権」(有利な状況の不公平な継続)が絡むので、民主党の支持者より
必死なのである。政権与党の立場を利用し、圧力をかけることもままある。
利権のない一般市民は浮かばれない。

ただ今は状況は以前より変わりつつある、さすがに自民党はやりすぎた、かつては
ある程度弱者の保護もしてバランスをとっていたがここまで実際の生活に影響し
実感を感じるほど弱者切り捨て、氷河期世代のほったらかしをすれば、それまで
政治に無関心だった人でも関心を持ち始めるのは当然だろう、基本的に日本人の多く
は馬鹿ではない、自民党は国民を舐め過ぎていたのだろう。

70 :名無しさん@3周年:2009/01/18(日) 22:20:45 ID:IRpaCXIU
【民主主義】

個人の人権である自由・平等・参政権などを重視し、多数決を原則として意思を決定することにより、
人民による支配を実現する政治思想である。

単純な多数決と混同されることが多いが、単純な多数決では、単に多数であることをもって、その結論
が正当であるとの根拠とするものであるが、民主主義として把握する場合には、最終的には多数決に
よるとしても、その意思決定の前提として多様な意見を持つ者同士の互譲をも含む理性的対話が存在
することをもって正当とする点で異なると主張される。

話し合いの場(日本で言えば国会など)で意見が複数出た時は、内容の良し悪しや内容より互いの立場や
以後の支持に対する損得で意見する為、折り合いがつきにくく、話し合いが長期に及ぶことにより迅速かつ
有意義な政治決定が行われにくいという欠点がある。

民主主義を無条件に広めると、

・ 知的教育を受けていない人
・ 恐怖や怒りなどの個人の損得感情に影響されやすい非理性的な人

も有権者となり、結果として衆愚政治となりかねない危険がある。
逆の言い方をすれば、民主主義の成功のためには

・ 国民の有権者全体が知的教育を受けられること、
・ 恐怖やマスコミによる扇動に惑わされず理性的な意思の決定ができる社会

が不可欠である。
法的概念における民主主義は、君主制などと対応する概念であり、連邦主義などとは並存するものである。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E4%B8%BB%E4%B8%BB%E7%BE%A9

71 :名無しさん@3周年:2009/01/19(月) 10:08:55 ID:crehrnPT
>>66うん

72 :名無しさん@3周年:2009/01/22(木) 18:48:08 ID:3UiVb3Xl
二大政党制でアメリカの二の舞いになるな 2
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/seiji/1229867502/ から

日本がアメリカの二の舞とは新自由主義の二大政党制になることで
アメリカ合衆国は言うまでもなく「新自由主義二大政党制」の国家です
そのためには第三の左派政党が必要というのがこのスレの全体の意見
あと民主党が中道左派になった時の話のなかで、、リベラル、社民主義、
第三の道の論争になってるのでは、でもまずとにかく、自民党を野党に
するのが一番最初にやることで、そこでもし、民主にあまり勝たせたく
なければ、比例を社民共産などの他の野党にすればよいのでは。

そして日本の政治は今は過渡期、混乱してる時だけど、政治三流と言われる
日本がせめて二流ぐらいのまともの民主主義国家になるには必要な時期
なのではと思う。
ただ、この時期だからこそ、憲法改正の動きには気をつけないといけない。
戦後日本がまがりなりにも、民主主義国家でいられたのは、日本国憲法
があったことが大きい、憲法は国家権力を縛り、主権である国民の人権
を守るもので国民からの命令でもある、もしこの憲法がなければ、戦前に
逆戻りしていた可能性はあります。冷戦時代のアメリカは親米で反共でさえ
いれば、よかった所があったから。
少し話がずれましたが、ようはまず、日本をまともな民主主義国家にすること
そして民主主義を守ることです。

過去スレですが
今の日本の政治家と国民のレベルで憲法改正は危険
http://money6.2ch.net/test/read.cgi/seiji/1175844289/

73 :名無しさん@3周年:2009/01/22(木) 23:32:02 ID:LDKlRrq2
民主主義を無条件に広めると、
・ 知的教育を受けていない人     ← 「日教組」の存在が阻害事項
・ 恐怖や怒りなどの個人の損得感情に影響されやすい非理性的な人
も有権者となり、結果として衆愚政治となりかねない危険がある。

逆の言い方をすれば、民主主義の成功のためには
・ 国民の有権者全体が知的教育を受けられること、  
・ 恐怖やマスコミによる扇動に惑わされず理性的な意思の決定ができる社会
が不可欠である。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E4%B8%BB%E4%B8%BB%E7%BE%A9


74 :名無しさん@3周年:2009/01/24(土) 15:03:46 ID:ey3mxdjN
【日本の思想】丸山眞男スレッド【丸山真男】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1153799630/

かつて丸山は「大日本帝国の『実在』よりも戦後民主主義の『虚妄』の方に賭ける」
と書いた。かれは、いったい戦後という時代のはじまりに、その時代の終わりとして
何を見たのか。いったい何を守ろうとしてその身を「賭け」たのか。
 丸山は「『である』ことと『する』こと」(『日本の思想』)に、こう書いて
いる。「民主主義というものは、人民が本来制度の自己目的化ー物神化ーを不断に
警戒し、制度の現実の働き方を絶えず監視し批判する姿勢によって、はじめて生きた
ものとなり得るのです。それは民主主義という名の制度自体についてなによりあてはまる。
つまり自由と同じように民主主義も、不断の民主化によって辛うじて民主主義でありうる
ような、そうした性格を本質的にもっています。民主主義的思考とは、定義や結論よりも
プロセスを重視することだといわれることの、もっとも内奥の意味がそこにあるわけです。」
 丸山は「八・一五」に革命があったと考えた。丸山にとって守るべきものは、実在の
「戦後民主主義」ではなく、本来虚構的な「民主主義」という理念そのものだった。そのこと
 「八・一五」に対する丸山の意味づけは、流動的である。敗戦直後は「民主革命」として
とらえ、六十年安保闘争の後では「平和主義」として意味づけるようになる。これは思想に
一貫性がないのではなく、不断に「戦後民主主義」の規定が更新され続けた結果であるだろう。
丸山は『現代政治の思想と行動』に、「『永久革命』とはまさに民主主義にこそふさわしい
名辞である」と書いている。丸山にとって「戦後民主主義」はひとつのプロセスにすぎなかった。

75 :名無しさん@3周年:2009/01/24(土) 15:05:13 ID:ey3mxdjN
丸山真男の全体主義の図式 日本のファシズムの特徴
1.家族主義
福沢諭吉「一身独立して、一国独立する」
しかし伊藤博文など大日本帝国憲法の制作者たちはヨーロッパのキリスト教
に代わって天皇制によって日本を一体化させようとした
よって【国家(天皇)→ 中間共同体 → 個人】が結びつく
天皇の赤子としての国民/その雛形としての中間共同体
・教育勅語のような道徳を重視する→中性国家ではない
・ヨーロッパ的な公領域/私領域という区別がない
2.農本主義
反中央集権的・田園賛美的
ファシズム運動が起こったもっとも大きな動機は昭和恐慌以降の農村の窮乏化
ナチスが労働者を重視したのとは対照的
・ 日本でのファシズム運動を担ったのはインテリ層(ヨーロッパ的教養を持つ人間)
ではなく亜インテリ層(土着の権力者)
→日本におけるインテリ層の大衆からの孤立
3.無責任の体系(無限責任=無責任)
「明治憲法において『殆ど他の諸国の憲法には類例を見ない』大権中心主義や
皇室自立主義をとりながら、というよりも、まさにそれ故に、元老・重臣など
超憲法的存在の媒介によらないでは国会意思が一元化されないような体制が
つくられたことも、決断主体(責任の所属)を明確化することを避け、
『もちつもたれつ』の曖昧な行為関連(神輿担ぎに象徴される!)を好む行動様式が
冥々に作用している」
「『神輿』はしばしば単なるロボットであり、『無為にして化する』。『神輿』を
直接『擁』して実権を振るうのは文武の役人であり、彼らは『神輿』から下降する
正当性を権力の基礎として無力な人民を支配するが、他方無法者に対してはどこか
尻尾をつかまえられて引きまわされる」
・日本ファシズムの矮小性/指導者の指導意識の希薄
・ナチスやイタリアファシズムが大衆運動から出発した(下からのファシズム)
のに対して日本のファシズムは上からのファシズムである

76 :國學院大學卒:2009/01/24(土) 15:28:17 ID:wZZ1uIOU
今のサヨ的、即物的な
民主主義では真の民主主義は
訪れない。

真の民主主義のためには
東洋伝統の五常の徳を
もつ民主主義者が育たねばならない。

77 :名無しさん@3周年:2009/01/24(土) 16:16:14 ID:ey3mxdjN
『無責任の体系』
「まず第一に、明治以降の近代国家の成立にさいして、日本は国家を技術的・中立的な
 ものとすることに失敗し、国家が倫理的実体の体現者となってしまった。これは典型的
 には天皇主権にほかならず、それを側面から支えたのは、例えば教育勅語のような
 国家的教育、倫理の公式化であった。つまり国家は、政治権力と精神的権威の両方を独占
 したわけである。 第二に、その結果、主権者はただの力の表象であるだけではなく
 倫理的絶対性の表象ともなる。日本という国家は「大義」を背負った国家ということになる。
 こうして、日本においては固有の意味での権力意識は成立せず、権力は絶えず倫理に
 寄りかかり、支配はつねに外的な(国家が体現する)倫理によって正当化される。
 そして第三に、こうしたことが個人においては、みずから責任をとろうとする態度を
 育てることなく、天皇という価値の究極的実体に責任を転嫁することとなる。
 個人を動かすものは合法性の意識ではなく、あくまでも『究極的実体』への距離の
 近さということになる。この『天皇への距離』が、軍人や官僚に権力を与えるのだが
 しかし、この権力は個人の資質や合法性に裏付けられたものではないので、本質的に
 より上の権威に寄り掛かった無責任なものにすぎない。こうして、誰もが責任を
 とらない、いわゆる『無責任の体系』が成立する」

78 :名無しさん@3周年:2009/01/24(土) 16:45:49 ID:ey3mxdjN
>>76儒教用語「五常の徳」儒教においては
「仁」「義」「礼」「知」「信」の五つの徳をいう。
儒教は元は中国の思想じゃないの?
>>41-43
保守派の連中が言うところの「日本の伝統」とはほとんどの場合、「大日本帝国の伝統」のなかの
自分にとって好都合なもののこと。

それ以前の日本(列島の各地で存在した「伝統」)がどうであったかとか、考えたことなどないだろう。

その「大日本帝国の伝統」というのは元をたどれば
中国・朝鮮の朱子学原理主義型の儒教+ドイツ型中央集権だからな。

保守派の連中はしばしば中国や朝鮮を非難するが、彼ら自身が中国・朝鮮的な思考に
犯されてるとしか言いようがない。まさにフォースの韓国面に堕ちているwww

79 :名無しさん@3周年:2009/01/24(土) 16:46:20 ID:ey3mxdjN
保守
>>44保守主義者たちは、基本的には人間の思考に期待しすぎず、「人は過ちを犯すし完全ではない」という
前提に立ち、そして謙虚な振るまいをする。

>>54-56
保守は人間の理性を疑う。常に、すべての人間は間違えるという大前提がある。そこに立った
とき近代保守というのは立憲主義と言うのを重要視してきた。立憲主義とは何か。まず一つは、
人間は間違えるので、国民というのは間違える。だからこそ国民を規制しなくてはならない。
これが一般法です。だから暴力は国家が合法的に、独占的に支配する。

つまり、一般法というのは国民を縛り、憲法というのは国家を縛る。国民の側からの国家への
禁止の体系が憲法ですね。基本的人権を侵してはいけない、政教分離を守れ、戦争をするな。
そういう禁止の体系です。日本の憲法99条には、憲法を守る義務が公務員にあることを明らか
にしている。このように国民ではなく国家をしばる憲法、これを保守は重要視してきた。

>>17歴史学者J・E・アクトンの有名なことば
「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する」
に象徴されますように、権力の腐敗がほとんど法則的である

権力分立
権力を同一の人物や機関に集中させると、濫用され、人々の自由や権利
が損なわれていることになる、という考えから生まれたものである。
国家や権力は必要悪、権力は必ず堕落する。なぜなら権力というのは、抽象的に
存在するのではなくて、本来的に不完全な生身の人間が預かるからなんです。
つまり政治家と公務員が、個人の能力を超えた国家権力なるものを預かって堕落
してしまうということです。

政治家に聖人君子を求めてはいけないしかえって危険

80 :國學院大學卒:2009/01/24(土) 17:45:19 ID:wZZ1uIOU
無機質な欧米的価値観の羅列が続いていますが、
儒学的価値観こそ東洋伝統の普遍的価値観。

無機質な記号的なサヨ欧米的な民主主義こそ
無責任の体系でなくて
なんであろう。
いまや終焉を迎えようとしている戦後民主主義の
・子孫に対する背信行為である莫大な国家的債務は
誰が責任をとるのか?!

戦後民主主義ではしばし
「結局はそういう政治家を選んだ国民が悪い」
という無責任極まりない
論理がまかり通っている。

81 :國學院大學卒:2009/01/24(土) 17:52:10 ID:wZZ1uIOU
東洋的伝統に基づけば
政治の理想は忝なくも天子様による
徳治、そして仁政です。

そこには無機質な血で血を洗う悲惨な階級対立は
ありません。

為政者の民に対する仁政は太古の自然な感情に基づく倫理的な
価値観から来なければならなく、
いまのように政治的な戦略に基づくものだけで
あってはならないのです。

82 :國學院大學卒:2009/01/24(土) 17:55:05 ID:wZZ1uIOU
政治的な戦略理由による
民主主義が憎しみの連載で
ある流血事態をもたらすことは
すでに左翼セクト集団等による
国内テロ、虐殺であきらかです。

83 :名無しさん@3周年:2009/01/25(日) 01:22:54 ID:X4q2R1cs
>77
>日本という国家は「大義」を背負った国家ということになる。
>こうして、日本においては固有の意味での権力意識は成立せず、権力は絶えず倫理に
>寄りかかり、支配はつねに外的な(国家が体現する)倫理によって正当化される。
 ここまで同意。
>そして第三に、こうしたことが個人においては、(略)以降、不同意。

 
 


84 :國學院大學卒:2009/01/25(日) 14:10:40 ID:TFKPOGDI
ややスレ違いになるかも
しれませんが、
帝国憲法の「君主無答責」は当時の世界の
立憲君主制のモデルに従ったものだと記憶しています。

さらに昭和天皇はかなり早い時期に
戦争終結を決意されており、
敗戦=君主が悲惨な末路を
辿ることは世界史の常識であり、
一機関に過ぎなかった天皇が
御一身を挺して戦争を終わらせた
ことをとってみても「無責任」であったということは
ありえない話しで、

85 :國學院大學卒:2009/01/25(日) 14:13:52 ID:TFKPOGDI
むしろ今の民主主義制度は
一体誰が責任をとるのか?
実際に国を動かしている
官僚は民主主義を口実に
責任を回避し、
最終的な負担と失政のつけのみを
国民に回す。
これが現行の民主主義の実態ではないでしょうか?

86 :國學院大學卒:2009/01/25(日) 14:22:58 ID:TFKPOGDI
誤解していただきたくは
ないのですが、
私は戦前回帰主義者ではありません。

戦前の教訓は
エリート官僚の暴走が
平和に暮らしていた一般庶民を
アジアや大平洋の戦場に
送りこんだ悲惨な歴史です。

民主主義が対立するのは
天皇ではありません。
それは本質を誤っています。
民主主義が対立するのは
戦前から続く官僚制に他ありません。

87 :國學院大學卒:2009/01/25(日) 14:36:31 ID:TFKPOGDI
>>73
「知的」だとか「理性的」だとか
そんな漠然としたものでは
日本において真の民主主義は
実りません。

日本には古代中国から伝わり、
長らく人々の実際の倫理となった
五常があります。

民主主義とは民のための政治、即ち東洋伝統の仁政の現代的な展開に他なりません。

88 :名無しさん@3周年:2009/01/25(日) 14:39:51 ID:jsPu7G0R

結論出ましたね。

日本にはまともな政党が一つも無い。
どの政党も長所あり、短所あり。政権を任せられない。
特に、同質の自民党とお仲間の民主党だけになったら最悪。

日本には昔から多種多様な意見があり、みんなで集まってわいわいがやがや意見を出し合って
最善の策を見出すのに向いている。
国民の民意に従って、各政党公正に議席を獲得して、一つの政党が突出して欠点が大きく出るのを防ぎ、
他の政党の欠点を抑制しつつ、お互いに知恵を出し合って長所を伸ばす。

その為には民意が議席に公正に反映する比例代表制にすることが最優先だな。


89 :國學院大學卒:2009/01/25(日) 14:53:22 ID:TFKPOGDI
日本における民主主義教育とは
仁義礼智信を教えることに
他ないでしょう。

90 :名無しさん@3周年:2009/01/25(日) 15:20:08 ID:X4q2R1cs
 「教育」についてですが、日本の実情として
「資本主義制度」により、「経団連」を筆頭に商人や金貸しなどの「権限」が強い
品格のない世の中になっていると思います。(私見)

 現状=「知育」>「体育」>「徳育」を改め、日本固有の高い民度を取り戻す為にも、
「道徳的価値基準」をしっかりと定め、「徳育」の強化が重要であると考えます。



91 :國學院大學卒:2009/01/25(日) 16:13:20 ID:TFKPOGDI
>>90
資本主義を全面的に否定する気はありませんが、
今の世の中はたしかに貨幣価値と
そして強欲資本主義に基づいた多数決的民主主義による数の論理。

ようは
今の世の中は金と数に価値をおいた世の中なのです。
このような価値観が占める
世の中で民のための政治、民主主義が正常に機能するでしょうか?

金と数にものを言わせた
連中に無道に踏みにじられている庶民を
助ける世の中こそが真の民主主義であり、
政治ではないのでしょうか?

92 :名無しさん@3周年:2009/01/25(日) 16:23:34 ID:/XshKhQf
>>79
保守主義者たちは、基本的には人間の思考に期待しすぎず、「人は過ちを犯すし完全ではない」という
前提に立ち、そして謙虚な振るまいをする。

保守は人間の理性を疑う。常に、すべての人間は間違えるという大前提がある。そこに立った
とき近代保守というのは立憲主義と言うのを重要視してきた。

歴史学者J・E・アクトンの有名なことば
「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する」
に象徴されますように、権力の腐敗がほとんど法則的である

いくら徳育教育をしようが、戦前の教育勅語、絶対天皇制教育をして立派な人間
が育ったとしてもいざ権力を行使する立場になれば人間の本能としての欲も出るし
人間だから失敗もするし、権力闘争などで足を引っ張る人間も出てくる
こういったことは戦前の日本はもちろんイギリスなど欧米の長い議会政治の上で
あったことでその中でどのようにしたら、うまくいくか試行錯誤を続けて今の
民主主義があるわけで、そしてその試行錯誤は永遠に続くということだと思う。
日本における民主主義というがある程度はその国の実情にあったものというのは
必要だろうが人間の本質に変わりはないように民主主義も欧米も日本もないのでは。

93 :國學院大學卒:2009/01/25(日) 16:41:45 ID:TFKPOGDI
>>92
この文章は一体最終的に
何を言いたいのか
目的が不明です。

民主主義に対する試行錯誤は永遠に続くと
言いながらも、民主主義に
欧米も日本もないとは?

民主主義の試行錯誤が永遠に続くならば
日本人は日本人としての
民主主義を模索するのも
また一つの道。

また民主主義が民の民のための政治ならば、
「権力は腐敗する」だとか
「私欲が出てくる」などという
言い訳はやめて欲しい。

我が国には私欲にとらわれずに
政治を行った大西郷などの例もある。

94 :名無しさん@3周年:2009/01/25(日) 16:50:11 ID:X4q2R1cs
>「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する」
>に象徴されますように、権力の腐敗がほとんど法則的である

冬休みにボウズと一緒に「歴史年表」を作ってやったが、まさにその通り。
時の権力者がいかに腐敗しようとも、連綿とした歴史を紡いできた我が国
の「天皇制」の偉大さを再認識した。

>いくら徳育教育をしようが、戦前の教育勅語、絶対天皇制教育をして
立派な人間が育ったとしても・・・

 には、不同意。日本人は古来から「生善説」で動いている国民性。
過ちを犯すのは「穢れたとき」との考えですよ。

95 :國學院大學卒:2009/01/25(日) 16:50:34 ID:TFKPOGDI
本音で言わせてもらえば
「言い訳ばっかしてんじゃねーよ」
と言いたい。
そんなやつらは民主主義語るな。やめちまえ。

96 :國學院大學卒:2009/01/25(日) 17:11:45 ID:TFKPOGDI
「権力は腐敗する」だとか
「人間だから欲も出る」
だとか
そんなものは権力者の言い訳でしかない。
たしかに欲は出るだろうが、
それを公権力を使って満たすようなことは許されない。
そんなのを是認しているようでは
民主主義なぞ夢のまた夢。

97 :國學院大學卒:2009/01/27(火) 04:30:25 ID:xn7SPmea
おはようございます。

オバマ大統領も就任演説で
アメリカは希望と「徳」の国であったこと
私欲を廃し、自己犠牲の精神により
アメリカを再構築しようと呼びかけました。

もはや無機質な数合わせや
表明的なシステム論は
用をなさないのです。

そんなものが民主主義だというならば
やはり民主主義は腐敗するしかないのです。

98 :コピペ:2009/01/27(火) 09:22:44 ID:hQZo4q5n
【米国連邦銀行のグラフ】

・ 2008年の終わり3か月で、なんと200年分のお金を印刷している。
どう見ても、百年に一度の危機ではなく、史上最大の危機の間違いだろう。

・ 一方、震源地アメリカのウォールストリート・ジャーナル紙の新春コラムは、
2010年中にアメリカが6つの国に分割される可能性がある、と書いている。
その確率は50%以上とのこと。

http://blog.honeyee.com/ttakashiro/archives/2009/01/12/post-110.html

99 :名無しさん@3周年:2009/01/28(水) 18:39:57 ID:foa7q/y9
「沈黙の螺旋」と言う言葉を東京大学教授の小森陽一が紹介
1930年代ナチスドイツに見られる構造 その内容はこうだ

行き詰まった社会では具体的な政策的出口がない、不安な国民
不安が増大すると、さらに"漠然とした不安"に陥る
漠然とした不安下では「なんでもいいから」仮想敵を作る
(無理やり原因を作り上げて納得したがる恐怖心理)
仮想敵は必ず「外」と「内」がセットで行われる
ナチスドイツの場合、「外」はソ連共産主義で、「内」はユダヤ人
当時のドイツの外交情勢は、独ソ不可侵条約・・・つまり当時は誰もソ連は
敵だと思っていないわけだ国内では、ユダヤ人金融機関は社会的にも活躍
していたという国民の多くは???であるが、この辺が為政者のレトリック
???であるほどつけこみ易いというのも巧妙な狙い
第一段階で、
指導者が「こいつらが敵だ」と言った段階では、だれもが「え?」となり反論
しない、放っておいてしまう
 第二段階では、
反論が出てこないことを口実に、指導者は「これは国民・大衆に支持された」
「国益だ」と言ってしまう
 第三段階で、
遅れて出てきた反論や批判に対しては、「国益に反する」「反国家的だ」
「非国民だ」といって排除していく
 第四段階では、
皆が社会から排除されることを恐れて、また勝ち馬に乗りたいとその問題
については一切意見を言わなくなる
 そして・・・沈黙が支配する

100 :名無しさん@3周年:2009/01/28(水) 18:47:07 ID:foa7q/y9
悪い状況を想像しないのはある意味人間の脳みその防衛本能
根拠もなく「自分もきっと勝ち組に組みせるもの」とついつい思ってしまうの
も弱い人間として仕方がないことなのかもしれない
気付いたときには遅すぎる
歴史はいつも教えてくれているにも関わらずだ
「歴史を学ぶ」と言うのは義務教育でやるように年号を暗記することではない
「歴史から学ぶ」のが正しいわけで、今の教育は為政者にとっては都合のいい
教育、確信犯的愚民化政策"の一環か?
「歴史は今を見る鏡」

沈黙しないことが一番のレジスタンスだと今一度目覚めたい

101 :國學院大學卒:2009/01/30(金) 19:16:58 ID:AHUlcnWW
戦士の民主主義者は
官の横暴と戦う。
国が官に私されるのを許さない。

102 :名無しさん@3周年:2009/01/31(土) 14:17:44 ID:2seyv6J6
長年、失政を続けた政党には責任を取らせるのは民主主義では当然
政権交代が起こるという危機感が与党にないと国民を無視した政治になる
世界を見ても完璧な政党、政治家などいないのだから所詮、政治家も人間
権力を行使できる立場になればだんだん腐敗するもの。
だから定期的に政権交代させる、世の中に不満があったら野党に入れるぐらい
の程度の意識でも政治に詳しくない有権者の多くにあれば徐々に日本もましに
なるのでは。

103 :名無しさん@3周年:2009/01/31(土) 14:25:03 ID:2seyv6J6
日本を少しずつでも良くするには主権者の国民が、まずは選挙へ行き野党
へ投票し自民党に国民を無視すればどんな痛い目に遭うかをわからせる
ことです。

自民党一党支配優位体制が問題、だから民主党を利用して潰す

戦後、ほかに政権を担う政党が存在しない以上、自民党は
失政をしても、腐敗しても、権力を失う現実可能性はなかった。
弊害として国民が惰性で与党に投票し続けることにより投票率が低下する傾向が
見られる。低投票率は国民がある程度政治に満足している結果でもあり、それその
ものが悪いわけではないが、与党系圧力団体の組織票の影響力が増大するため、
政治が圧力団体により左右され易くなると言える。

また、与党のみが政治における現実の全てを受け入れることによりイデオロギー的
立場が曖昧になったり、特定の業界と癒着するなどの問題を引き起こす。

政権交代のない政治は民主主義を機能不全にする

104 :名無しさん@3周年:2009/01/31(土) 16:25:26 ID:VDOUYeOa
>>96-97 そんなのを是認しているようでは

権力の腐敗を是認してるのではなく、なくなるのは理想だが完全になくすのは
難しい、だから憲法や法律で縛るということ。一般人でも法律があって法に触れ
れば罰せられる、刑務所に入れられるというのが犯罪の抑止力になってる部分は
多いと思う。
例えば飲酒運転についても罰金を高くしたりなど厳しくしたら以前より減ったと
いいます。
人間を性善説だけで考えるのは、憲法9条を守り非武装中立を宣言すれば日本の
平和を守れるとか、共産主義が理想を掲げ欧米の民主主義をブルジョア独裁と非難し
共産主義こそ真の民主主義でプロレタリア独裁、民主集中制による労働者の代表が
政治を行うとしたが、結局、スターリンや毛沢東のような独裁者を生んだ。

105 :名無しさん@3周年:2009/01/31(土) 16:43:39 ID:VDOUYeOa
マックス・ヴェーバーという学者は近代国家は、能率と規律の点から見て、官僚制が
不可避的に進行する。そして、社会主義においては、人民の官僚であろうと、官僚制
はより強固なものにならざるを得ない。社会主義革命によって私的所有を撤廃しても
経済の計画的管理・運営と、そのための組織・機構が欠かせない以上、官僚支配は
強化されざるを得ないから、そこから生じるものは、官僚の独裁であり、あらたな
そしてより強固な支配−被支配の関係が生じることは明らかだということである。
といい実際官僚の腐敗はひどかったらしい。
例えば中国では権力が極度に集中し、機構が官僚化されるのであるから、権力の濫用
に対するチェックは不可避である。しかし、それが全くといっていいほどなされて
いないのが、中国共産党の現実である。党の前衛性、指導の無誤謬性に対する極端な
性善説が問題の根にある。もうすでに、そうした意識を問うことすらなくなっている
のかもしれないが。理論−組織−国の意識の間に横たわる大きな溝。つまり、理論を
どのような組織論によって実践に持っていくのか、それを担う指導者の意識、国民の
意識との乖離はないのか、あるいはその乖離をどうやって埋めていくのかということ
にメスを入れない限り、造反と粛清の無意味な繰り返しはなくならないし、共産主義
云々以前の段階で堂々巡りを続けなければならないだろうとのことです。
マルクスなどその思想自体はおかしくないですが、それは国民全員が善者であり、
協調的で掟に従順である、という前提がないとなりたちません。
彼ら共産主義に没頭した人たちは、一般民が権力の座やお金が懐に入るような地位に
ついたとき、かつての国王や、独裁者、あるい神のように、その力をつかって自らを
高めてしまう(つまり私利私欲にはしる)とのことです。
世界中の人間が悪い心を持たない、善人だけの世界にできればいいのですがそれが
できないのなら、一般国民を含めて性悪説を考えた現実主義の部分も考えないと
国民主権、基本的人権を守る民主主義などはできないと思います。

106 :國學院大學卒:2009/01/31(土) 18:54:11 ID:IaIZVUG9
>>105
しからば、
貴殿の民主主義とは
一体何ですか?

又、挙げられている共産政権の腐敗は
「共産主義=善」だという
共産主義的な性善説が問題であり、
性善説自体が問題とは思えません。

国民を法律によりがんじがらめに
することが民主主義なのでしょうか?

性が善でなければ、教育をしても効果はあがらないでしょう。
教育に効果があるのは人が
天より受けた性が元来善であるからです。

107 :國學院大學卒:2009/01/31(土) 19:00:25 ID:IaIZVUG9
いかなる制度も法も
人によらざるものはありません。

「民主主義教育」とは
制度や法を教えることにあらず。
それは末節です。

教育とは即ち人。
人によってたつ、それこそ民主主義。

しからば人の性とは。

それこそ仁義礼智信や
その他の徳目です。

欧米猿まね民主主義の理屈は
もはや聞き飽きた。

108 :國學院大學卒:2009/01/31(土) 19:17:39 ID:IaIZVUG9
そもそも>>104、貴殿の
文章はおかしい。
國學院大學卒の私に対し、
その間違った文章で意見するとは
少し失礼である。

そもそも、世に刑法のない
国家なぞはないのであるから
ある程度は法による縛りがあるのは
当然である。

なぜそんな当然なことを
わざわざ取り上げるのか?>>104の文章ではその意図も不明。

109 :名無しさん@3周年:2009/01/31(土) 19:27:25 ID:NOfvDgx3
とりあえず
”銀河英雄伝説”の放送。

出発点としては向いている様に思える。
小さい子供には刺激が強すぎるかもしれないが。

110 :名無しさん@3周年:2009/01/31(土) 19:29:07 ID:IaIZVUG9
何だねそれは?アニメか?

111 :國學院大學卒:2009/01/31(土) 19:32:40 ID:IaIZVUG9
アニメで言うなら
戦艦ヤマトに乗りイスカンダルに
旅立つのは仁であり義である。

これぞ仁義による真の民主主義である。

112 :名無しさん@3周年:2009/02/01(日) 15:52:25 ID:CFqbUAfk
儒教について
http://www.est.hi-ho.ne.jp/suikodow/zatu/jukyou.htm から

君主が民の声に耳を傾けるのが美徳とされていても、それを持って民主的な思想と
は言えまい。それが通るなら、目安箱を設けた江戸幕府も民主政権ということに
なる。さらに、儒教は長い間体制教学として社会的差別を固定化して来た。その
過去は消しがたい。しかし、それは孔子の思想の罪なのか? ソ連国家の罪を
マルクスに押し付けることができないように、体制教学化された儒教の罪を孔子に
押し付けることはできないだろう。さらに、身分制秩序と民主主義という概念対立
を、硬いイデオロギーの場で論じること自体、さして意味があるとは思えない。
もし、戦国時代に民主主義が現実的な選択肢として存在していたら、孔子があえて
それに反対したとも思えないのだ。

113 :名無しさん@3周年:2009/02/01(日) 16:11:52 ID:CFqbUAfk
民主主義の対義語は何かと問われれば、多くの人は独裁主義とか全体主義などと答える
であろう。そうした答えは誤りではないが本質的ではない。
いかに優れた憲法を備えていても、権力者や多数派が不寛容で少数派や下位者を見下し
抑圧的な社会、また主権者たる国民が政治に無関心または受動的な社会は民主主義的と
言うことはできない。また支持政党や保守―革新といった思想の軸は可変的でもある。
より根源的なものは個々人の政治的パーソナリティである。とりわけ
権威主義的−民主主義的といった政治的パーソナリティの形成は比較的早い幼児期に
なされるため、いったん形成されると極めて持続的であり、その変更は非常に困難である。
右翼⇔左翼に転向する例は珍しくはないが、転向後も政治的パーソナリティにはほとんど
変化がないことがこの事実を物語る。
権威主義とは、意思決定や判断において自分の頭で考えたり情報を集めたりせずに権威に
盲従する態度、あるいは権威に対する盲従を他者に要求する態度を指す。こうした権威
主義的人間がはびこれば民主主義が衰退することは容易に想像がつくであろう。
民主主義の真の敵は権威主義であると理解したい。

114 :名無しさん@3周年:2009/02/01(日) 16:20:48 ID:CFqbUAfk
日本の教育における集団・全体主義的体質-3
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/edu/1133128446/
【出る杭は・・】個性的だと叩かれるのが辛い
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/edu/1083390258/
【集団主義教育】から【個人主義教育】へ!
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/soc/1222996116/
集団・全体・封建主義的体質が目立つ日本の教育2
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/soc/1177682479/
みんな仲良し教育の欠陥
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/soc/1206157946/

115 :名無しさん@3周年:2009/02/05(木) 18:40:18 ID:FIaxu719
二大政党制でアメリカの二の舞いになるな 2
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/seiji/1229867502/ から
12 :名無しさん@3周年:2008/12/21(日) 23:53:23 ID:8htXf/B3
結局、前スレで出てきた話をまとめると、

一点目は、
二大政党制の危険性は何かと言うと、政治を牛耳って自らに都合の良い
政権を作り出したいと願い、現にその為の力を持っている財界や資本家が
政党数の数の少なさを利用して二大政党を支配してしまう、という事。

二点目は、
趣味・嗜好の多様化でメガヒットの出なくなる時代で、
政治だけが逆に多様性を拒絶し強引に二つに集約する事の不自然さ。
やはり国民の気質に合わせて多様な複数の政党があった方が健全。
その方が議会自体にも深みが出て政治が有意義になる。

三点目は、
イギリスでは保守・労働・自由の三大政党制に既に移行しているし、
アメリカでも世論調査で6割近くが第三の党が必要とする結果が出ている。
つまり二大政党制は本場の英米ですら機能しなくなっている。

四点目は、
保守とリベラルの組み合わせで二大政党をやっているのはアメリカくらいで、
他の国々は保守と社民で二大勢力を形成して政権交代を行っている、
そしてアメリカは格差社会であり、保守とリベラルの組み合わせで
アメリカ的な格差社会に変化するのは当然。
従って最低でも保守と社民を軸にしないと日本の政治は健全化しない。

五点目は、
日本のリベラルの正体は第三の道ことネオリベと社民の混合部隊であり、
左派からネオリベを駆逐して正常化する為にはリベラルという言葉の
使用を禁止し、社民主義という言葉に代わらせる必要がある。

116 :名無しさん@3周年:2009/02/05(木) 18:42:31 ID:FIaxu719
>115続き
自民党は最初は日本に日米安保に反対する社会党反米政権や共産主義政権が
できたら困るということで、合併してできた政党だが今はもうその役割、使命
は終わった、でもその長い間に政官財癒着の構造ができ、その利権を手放したく
なく政権維持するための日本の将来など自己利益の二の次にしか考えない議員が
多数を占める政党になってしまった、もちろんこれは利用し自分たちだけおいしい
思いをしてる国民がいることも原因だ、だからこそ自民党に投票しても何の得にも
ならない大半の有権者はまずは民主党が頼りなかろうが、自民党と変わらないかも
しれなくても政権交代して自民党を野党にし利権だけが目的でしかも官僚まかせで
自分で政策も語れないような議員は一掃しなければならない。
民主党を叩いたり二大政党制の批判は自民党がもっと弱体化してからすればいい。

民主党が右寄りに行き過ぎないためには、社民、共産は必要
昔の自民党が社民主義的な政策をとってたのは、社会党に政権を
とられたら困るからで、政権を維持するためだった事を考えれば
左派が弱すぎる事は庶民にとってマイナス

アメリカは有権者が第三政党、あるいは左派政党が必要と思ったときには
もう二大政党によってそれを阻止する状況にされてしまっていたらしい。
日本はまだその状況ではないので、アメリカのようにならないように有権者は
意識し監視する必要がある。

今後新自由主義に反対なら民主党を中道左派に変えていき、そしてその圧力として社民
共産にも議席を取らせる、自民党も政権を維持するため新自由主義は放棄せざるえない
という方向へ有権者がもっていくような投票や政治活動が必要だと思う。

117 :名無しさん@3周年:2009/02/08(日) 16:05:24 ID:4+MFlYgv
敗戦後、日本国憲法・教育基本法が公布され、それまでの国家主義、集団主義的な
考え方から人間の個としての尊厳を大切にする考え方が制度上は保障されるように
なりました。しかし、わたしたちの社会では国家や社会の価値を個人の尊厳や権利
よりも優先させる考え方がいまだ支配的です。
それどころか暴力的な手段をもって個人や弱者、少数者の尊厳や権利を蹂躙すること
がまかり通っているともいえるような状況もあります。
学校ももちろん例外ではありません。国家主義、集団主義の宣伝、実践の場として機能
してきたし、現在も子供や若者たちがそのような考え方を持つことを助長していると
言われてもしかたないようなことが行われています。
子供や若者たちを無意識のうちに差別構造、抑圧構造を保守する側に組み入れていくため
の場のような働きをしています。ここから抜け出さない限り学校教育が陥っている危機的
状況は解消しないでしょう。日常生活の細部に顔を出し、具体的な行為になって現れる
個より集団を優先させる感覚、異質な他者を排除しようとする感覚、そのためには暴力的
な手段や方法も許されるとする考え方に学校教育に関わる者たちが意識的になることから
学校教育の改革は可能になると思います。学校教育の中核は授業です。毎日当たり前の
ように学校で行われている授業とは、いったいどのような場としてあるべきなのかと
いうことを、つまり授業観というものを捉えなおすところから私たちは出発しなければ
ならないと思います。日本に学校制度が誕生して百年以上が経過しました。その間、
学校教育の目的は常に子供や若者たちの外側に置かれて来ました。一個の人間の成長を
手助けするために学校教育があるのではなく、一個人間の外側にある国家の価値に
もとづいて学校教育は展開されてきました。国家に有用な人材の育成の場として
学校教育・授業はその役割を担ってきました。しかし、崩壊がはじまっています。
子供や若者たちの生きる意欲を阻害しているのです。

118 :名無しさん@3周年:2009/02/08(日) 16:06:25 ID:4+MFlYgv
みんな仲良し教育の欠陥
http://d.hatena.ne.jp/khideaki/20070624/1182650511
内容の一部
みんな仲良し教育が、共同体主義を助長して、個人の主体性を育てることを阻害
するという考えだった。
共同体の中で、よく知り合った仲間が阿吽の呼吸ですごすというのは、その中で
何も問題が生じない時は、非常に幸せな気分をもたらしてくれるだろう。
少々貧乏であっても、助け合って生きていくことに喜びを感じ、何が価値あるもの
であるか、何が善であるかがはっきりと決まっているという安心感を感じながら
生きていくことが出来るだろう。
しかし、このような幸せな共同体は、前近代的な社会で過ごす場合にしか残らない。
近代社会を構成する原則は、このような共同体を形式的には破壊してしまうことに
なる。近代社会は、さまざまな自由が認められ、もはや、生まれてから死ぬまで、
一つの共同体の中で暖かい雰囲気の中ですごすということが出来なくなっている。
共同体の中で安定してすごせる時代ではなくなってしまうのが近代社会というものだ。

みんな仲良し教育は、「みんな仲良し」という規範を強制する教育になる。つまり、
道徳的規範である「みんな仲良し」というものを、ある意味では法的規範のように
強制するという形態を取る教育である。道徳を強制することの弊害がここには現れる。
一般論から導かれる結論としては、この道徳の強制は、より小さな共同体を破壊し、
すべてを学校共同体というものの恣意的な規範に従うように働きかける。
より小さな共同体というのは、気の合った仲間同士という子どもの共同体だ。
本当の意味での仲良しの共同体は、学校共同体的な意味での「みんな仲良し」の中
では存在できない。気の合った仲良しで共同体を作り、その中である種の道徳的規範
に従って、お互いに気持ちのいい遊び方をしていたとしても、その共同体は、気の
合わない仲間は排除するという面をどうしてももたざるを得ないだろう。しかし、
学校共同体の規範である「みんな仲良し」は、この「気の合った仲間集団」というより
小さい共同体の規範を認めないので、これを破壊することになる。

119 :名無しさん@3周年:2009/02/08(日) 16:07:03 ID:4+MFlYgv
続き
道徳的規範を破っただけで処罰されるような社会では、そこではどのような道徳が
支配しているのかという「空気」を読むことが重要になってくる。道徳であるのなら
それは違う共同体では規範となっていないこともありうるのに、それが法律のように
守らなければならないものになってしまえば、「長いものに巻かれる」という気分も
生まれてくるだろう。個人の主体的な判断が尊重されないというのは、日本社会の
欠点として指摘する人も多い。

小室直樹氏や宮台真司氏は、旧日本軍における議論において、誰もが結果的に負ける
と分かっているような作戦でも、それに負けるかもしれないなどということを言い出す
ことが誰もできなかったということを語っていた。負けるということを言うことが
許されないという道徳が支配していたのだ。負けるかもしれないということは、可能性
として語る限りでは、善悪の範疇にあるものではない。しかし、この道徳が絶対視されて
誰もそれが言えないということになれば、カタストロフ(破局)が訪れなければその間違い
に誰も気づかないということになってしまうだろう。

みんな仲良し教育は、主体性を破壊し、長いものに巻かれるという気分を育てる
ために、合理的判断を主張することを控えさせるという欠点を持っている。
この欠陥は、日本社会のあらゆる場所に蔓延している。みんな仲良し教育の効果の
大きさに驚くほどだ。しかし、いまや学校教育も、その内部でカタストロフ(破局)
を迎えているのではないかとも感じる。ようやく、この教育の欠陥が誰の目にも
明らかになってきたのかもしれない。

120 :名無しさん@3周年:2009/02/08(日) 16:31:05 ID:4+MFlYgv
日本では、「協調性」 ばかりが重視され、「個性」 ・ 「主体性」 は軽視されています。
協調性ばかりが重視される社会においては、個人の自由が尊重されず、また、各個人が自分
を見失ってしまって 「楽しく生きる」 ことができません。そして、個人の自由が保障
されていない社会は、最終的には破滅への道を歩むのです。
確かに協調性、チーム・ワークといったものは必要ですが、それらは強烈な個性と個性が
集合し、互いに火花を散らして激しくぶつかり合うような集団に初めて必要になってくる
高度な理念です。ところが、日本の教育では、子どもたちに個性を持たせるステップを
省略して、協調性だけを教育するのです。これでは 「協調性」 の教育もおかしなことに
なってしまいます。
個性を持たせずに行う 「協調性」 の教育は、「協調性」ではなく 「均一性」 の教育で
しかありません。日本には 「協調性」 を 「均一性」 のことだと勘違いしている人が
多いのです。均一性に重きを置く教育というのは、多種多様な考え方を認めない非民主的
なものであるばかりか、多数派がすべてを支配してしまう 「全体主義」 を許してしまう
危険性をはらんでいるのです。
協調性というのはみんなが同じ考えをすることもなければ、集団の中で個人が犠牲になること
でもありません。各個人が尊重され、また多種多様な考え方が共存するというのが真の協調性です。
今日までの日本において 「みんなが同じであるのが望ましい」 という教育方針は、教育をする側に
とって大変都合のよいことでした。 画一的な教育をして、子どもたちを型にはめこみ、均一化して
しまいさえすればそれでよかったのですから。つまり、今日までの日本の教育は教師本位のもので
あって、子ども本位のものではありませんでした。

121 :名無しさん@3周年:2009/02/08(日) 16:33:44 ID:4+MFlYgv
民主主義は個人主義に基づいています。そして、その対極の全体主義は集団主義の
行き着いた形です。
日本の太平洋戦争に至る全体主義も同じです。
ですから民主主義は国民の一人一人が違った考えを持ち、それを自由に投票を
通じて表し、個人の行動は全て自己責任の原則であるという考えに基づいています。
これにより国全体として本当に正しい選択がなされる可能性が高いわけです。
所が、個人主義が確立されず、集団主義に捕らわれていると、選挙でも、会社が
この候補を支持したら社員は全員その人に投票し、組合が支持したら組合員全員が
その人に投票するという具合になり、その集団のボスの言いなりに投票が行われる
わけです。同じ事が医師会とか農協とか、町内会とか村とかいう単位で行われて、
投票を歪めています。これらの全てのもとが集団主義なのです。
日本の今の停滞も政治の貧困からですが、その原因はこの集団主義にあるのです。
自分の考えを持ち、それに信念をもって、行動するようにしなければいけない。

122 :名無しさん@3周年:2009/02/09(月) 21:20:02 ID:WkU77zVe
まずは「廉恥」「謙譲」を教えるべき。

自己主張や政治主張は
その後だ。

恥知らずな子供の書き込みが
多すぎる。

123 :名無しさん@3周年:2009/02/10(火) 19:59:29 ID:vYYlZNOp
「みんな仲良し」の矛盾
http://ueno.cool.ne.jp/hideo/text/zakkan/zakkan.htm
大人が子どもに「君はホントは何がしたいの?」と尋ねる。子どもは「ホントはこれが
したいんだ」と答える。大人が「だったらちゃんと言わなきゃ。言わないとみんなに
伝わらないぞ」と言う。どんな状況でも言いたいことが言える−−これが「自立」です。
つぎに、大人が子どもに「そうか、それがしたいのか、でも一人じゃできないぞ」という。
「どうすればいいの」と子どもがきく。大人は「誰かに助けてもらわなきゃ。それには
友だちをつくらなきゃ。君が魅力的じゃないと友だちはできないぞ」と言う。
それだけじゃない。大人が「友だちがしてほしいことをしてあげないと、君がしてほしいこと
をしてもらえないぞ。友だちは何がしてほしいだろう」という。つまり他人を助けないと、
自分がやりたいことさえ実現できないことを学ぶ−−これが「相互貢献」です。
相互貢献は周囲に合わせることではありません。お互いが何がしたいのかをちゃんと言い合った
上で、どんなルールを取り決めて互いの満足を最大限引き出すか、なのです。自立がなければ
相互貢献はありえません。自立なき日本人には相互貢献の考えがありません。

日本では、「みんな仲良し」という「共同性」の作法(=同調)を教えても、違った人間が、
違ったままで互いに助け合うという「共生」の作法(=自立と相互貢献)を一切教えません。
成熟社会では、「共同性」よりも「共生」のほうがはるかに重要なのに、です。
アカの他人と侵害し合わないで「共生」する方法を模索するのが、「相互貢献」です。

124 :名無しさん@3周年:2009/02/10(火) 20:00:58 ID:vYYlZNOp
「人は一人ひとり違う」ものです。「違いがあるからこそ存在理由がある」
自分自身の中にある違いが大切だ。その違いを伸ばすことが教育だと考えています。
しかし、日本ではこれは通用しません。「同じ」であることが求められ、
「他と同じであることで安心する」ように、全てが運用されてしまって
いるのです。一見、大人に反発しているように見えますが、大人以上に日本病に
冒されてしまっている姿が現代の若者の中に見えます。
日本では「他と同じでないと不安に感じる」「皆と同じ発想をしない人はおかしい人
だと思う」人が多い。
「発想」「感じ方」「歩き方」「声の出し方」は全て同じではありません。同じで
ないのをおかしいと感じる人も多い。
「どうも自分は他の人と違う考え方をする。感じ方をする」「他の人と同調した生き方を
しているとどうもストレスが溜まってしまうみたいだ」と考える人もいる。
「違うことが当たり前」なのか、「同じであることが当たり前」なのかです。どちらを
前提にして生活しているのかなのです。「違う人」が集まって生活をしているから、
難しいし面白いのです。

125 :名無しさん@3周年:2009/02/10(火) 20:07:12 ID:vYYlZNOp
日本の集団主義、同調体質、空気読め体質
につながるのは
みんな仲良し教育もそうだが、その逆の権威主義的教育もそう
この二つの教育方法は極端で両方やめた方が良い

自分たちと合わない、空気が読めない、気に入らない人でも
うまくやっていく、いじめない、排除しないこと、関心を持つことが大事。
もちろん簡単ではないが特に日本の社会では
日本の仲間や協調性を重視しすぎる教育、文化は、その仲間以外の他人へ
の関心が低くなりやすい
和雷同は日本人の協調性の良さと言う一面を表わし、良い点もあるが、欧米人
からは最も軽蔑される性向である。日本人を一つの方向にまとめるのは簡単である
が、まとまっても一体となって動くとは限らない。欧米人をまとめるのは大変だが、
一旦まとまると大きな力を発揮する。どちらが良いか解らないが付和雷同組みは
所詮弱い団結だから頼りにならないものである。

付和雷同
意味:自分にしっかりした考えがなく、他人の意見や行動にすぐ同調すること。

付和雷同により形成された
その集団は自然発生的にできたものである故
無責任体質へと堕落する

126 :名無しさん@3周年:2009/02/10(火) 20:13:49 ID:vYYlZNOp
>>125訂正 
付和雷同は日本人の協調性の良さと言う一面を表わし、良い点もあるが、欧米人
からは最も軽蔑される性向である。日本人を一つの方向にまとめるのは簡単である
が、まとまっても一体となって動くとは限らない。欧米人をまとめるのは大変だが、
一旦まとまると大きな力を発揮する。どちらが良いか解らないが付和雷同組みは
所詮弱い団結だから頼りにならないものである。

127 :名無しさん@3周年:2009/02/10(火) 20:26:21 ID:vYYlZNOp
日本での民主主義教育は政治の知識だけでなく集団主義、全体主義、権威主義
封建主義的体質の改善をする必要があるだろう。
自己判断ができ集団の同調圧力に負けない自分の意思を持つ人間が増えること
が民主主義が機能することにつながるのでは。

128 :名無しさん@3周年:2009/02/10(火) 22:01:04 ID:iVQ792Ih
>>124
違いは認めるべきですが
それがいいものか悪いものかも
見極めずに「伸ばす」などというのは
大きな間違い。

129 :名無しさん@3周年:2009/02/10(火) 22:29:11 ID:8ZYHTsdC
日本における民主主義政治は不正腐敗堕落の根源
アメリカの意図通りに政治経済が進むようにできている
戦後体制のもとでCIAのエージェントヤクザチョン創価統一が日本政治を牛耳っているのだから
そう、戦後体制の下での民主主義政治は不正腐敗堕落とセットでなければ成り立たないのです

130 :名無しさん@3周年:2009/02/10(火) 22:29:17 ID:zxiM2eNY
>>88
まともに政治できそうな人を
政治家にする手段が必要かまと

120 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.02 2018/11/22 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)