5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

こんな天地人が見たかった!4

1 :日曜8時の名無しさん:2010/04/29(木) 13:16:11 ID:BxCDlRfJ
「いきなり、スレに書き込めなくなっていてびっくりしましたぞ」


2 :日曜8時の名無しさん:2010/04/29(木) 15:08:39 ID:vvvoQhhv
>>1乙です(ひょっとして作者ご自身?)
続きを楽しみにしています

3 :日曜8時の名無しさん:2010/04/29(木) 15:36:10 ID:/FEVJwpC
PやDは下衆レベル

4 :日曜8時の名無しさん:2010/04/29(木) 15:53:47 ID:BxCDlRfJ
第三十五話「三方ヶ原」(11)
大きな岩の横をすり抜けると、川の幅が広くなり流れが緩やかになる。左右の
視野が開け、遠くの方まで見えるようになった。駿河の国に入ったようじゃ。
うん、なんじゃろ。川の上を、紅い甲冑をつけた騎馬隊が渡っている。
「あれは舟橋でござるよ。舟を並べて、その上に板をはり、騎乗でも渡れるよ
うになっております」
榊原が教えてくれる。井伊直政の率いる赤備えらしいが、最精鋭の旗本先手衆
が、なぜ川を渡って西に移動しておるのじゃろうか。何かあったのじゃろうか。
「舟橋とは、便利なものでございますね。予想外の地点から、渡河して、敵陣
を後背から奇襲することもできまするな」
信之も目をまるくしておるようじゃ。それがしも、初めて見た。これは、新発
田攻めに使えるかもしれぬ。よく、構造を見ておかねばならぬ。
「ところで、舟橋もすごいものでござるが、この舟もりっぱなものでございま
すね。舟から見た川沿いの道も念入りに整備されておりました。徳川様は、河
川交通による交易をお考えなのでしょうか」
信之が質問する。信之殿、よく見ておられたな。それがしも、不思議に思った。
交易に力を入れるとしても、あれだけ立派なものを作ると、経費も馬鹿になる
まい。家康公は、つましい人じゃと聞いておったが。
「ははは、この舟も、お二方がご覧になった道も、施設もすべて総見院様のた
めに作られたものでござるよ。総見院様が、武田を滅ぼした後、富士山をご覧
になりたいと仰せになったので、わが殿が作らせたものじゃ。あの舟橋もそう
じゃ。総見院様が、天竜川を渡るために特別に作らせたものじゃ」
武田崩れの時か、あの時は、信長軍が北上し、ついでに上杉も滅ぼす気ではな
いかと心配したものじゃ。してみると、われらは富士のお山に助けられたのじ
ゃろうか。振り返ると、富士山がゆるやかな山肌を見せて屹立している。その
姿が、兼続には神々しく映る。
「天竜川は、激流じゃから、舟橋が揺れないように、足軽雑兵どもを何百人も
上流に入らせ、流れを緩くした。さすがの総見院様も、大儀大儀とみなをねぎ
らいながら、御渡りになられた。わが殿は、二十年以上におよぶ総見院様の、
我らに対する物心両面の支援に対して、心からの感謝の意を表そうとして、で
きるかぎりの接待をされたのじゃ。しかし、井伊のやつ、こんなものまで持ち
だして」
榊原の井伊直政に対する物言いに棘があるように感じるのは、邪推じゃろうか。
「榊原様でございまするか」
一行の乗る舟に気がついた騎馬武者が声をかけてきた。
「井伊殿が、橋のたもとでお待ちいたしておりまする」
榊原、わかったというように片手をまっすぐ上げる。


5 :日曜8時の名無しさん:2010/04/29(木) 23:28:18 ID:BxCDlRfJ
第三十五話「三方ヶ原」(12)
「殿は浜松城に向かわれたじゃと。何か変事でも出来したのか」
榊原が、声を荒げる。やはり榊原は、井伊に対して物言いがきついようだ。
「すまぬが、すこし井伊と話がある。ここでお待ちくだされ。万千代、来い」
舟橋のたもとにしつらえられた小屋に残される兼続と信之。
「家康公は、駿府から浜松に引き揚げたようでございまするね。われらに会う
必要がないと思われたのでございましょうか」
信之が尋ねる。
「家康公は慎重の上にも慎重なお方。そなたの父上の戦闘行動を陽動と知った
故、急に西の方が心配になったのではないか」
「声東撃西と思われたということですか」
「そうではないかのう」
やはり真田の息子は、兵法に詳しいのう。
「家康公に会えるかどうか、わからなくなったが、これで真田への攻勢は、な
くなったようじゃ。よかったのう」
「ほんに、よかったです。ありがとうございました」
「なんの、なんの。それがしもひと安心じゃ。しかし、われらも相当急いで来
たのじゃが、われらに先んじて、われらの本意をどうやって榊原は、家康公に
伝えたのじゃろう」
兼続、疑問を口にする。
「ふふ、烽火が上がっておりました。きっと、烽火を使ったのでございましょ
う。信玄公は、北信に対する謙信公の進攻に備えて、すぐに出陣できるように
烽火による連絡網をお作りになられました。その後、烽火台は、領内すみずみ
まで作られておりまする」
ほうほう、死んでから十年以上たつが、信玄公の遺徳は健在じゃのう。しかし、
信玄公は、何から何まで、よく準備されておるお方じゃ。感心する。
そこに榊原が井伊を連れて戻ってきた。
「こちらは、井伊直政じゃ。以後お見知りおきを」
若い、秀麗な顔立ちじゃ。家康公の寵童じゃったという話は本当かもしれぬ。
「遠来の客人に申し訳ないことでございまするが、わが殿は急用のため、浜松
城に向かわれました。ぜひとも、浜松までお越し願いたいというのが、殿の伝
言でございまする。それがしは、先を急ぎますゆえ、これで失礼いたしまする」
「おっつけ、残余の旗本を率いて本多平八が来るようじゃ、われらは、平八と
同道することになったが、それでかまいませぬか」
榊原が申し訳なさそうに言う。
「御懸念無用でございまする。われらも、ひと安心。肩の荷を下ろしたような
心持でございまするよ。どことなりとも、お供いたしまする」
兼続、笑って答える。

6 :日曜8時の名無しさん:2010/05/01(土) 23:03:39 ID:a7MQWuGA
次は本多忠勝の登場か
後に舅と婿になる忠勝と信之の初対面がどうなるか楽しみです

7 :日曜8時の名無しさん:2010/05/02(日) 18:15:15 ID:iCs/4rKY
三十五話「三方ヶ原」(13)
徳川の最精鋭部隊が次々と舟橋を渡るのを眺めながら、本多忠勝を待つ三人。
日暮れが近づき平八が来るのはきっと明朝じゃと、榊原が言い出し酒宴になる。
「榊原殿は、井伊殿と仲がよくないのですか」
信之、まっすぐ聞く。それがしも気にはなっておったが、榊原が答えるかな。
「悪くはない。井伊は、なかなかできる男じゃし、殿のお気に入りじゃ。わし
は、ただただ悔しいのじゃ。殿が井伊に配属させた赤備え三千は、山県昌景殿
や土屋殿など武田の名将勇将の、旧臣じゃったものからなる、最精鋭部隊じゃ。
いわば戦局を決するような場面で投入される決勝部隊じゃ。その指揮官が、な
ぜ井伊なのじゃ。徳川にその人ありと勇名を天下に轟かす、この榊原康政殿に、
せめて半数は配属させるべきではないか。わしは、悔しくて悔しくて、悔しく
て仕方がない」
勇名を天下に轟かすなんて自分で言うかな。いきなり、できあがっておるよう
じゃ。榊原康政、戦闘指揮では日本一の男じゃが酒の弱さも日本一のようじゃ。
「家康公にお願いすればよいではないか」
兼続、なぐさめる。
「悔しさのあまり、わしは酒井様に訴えた。悔しい、面目がつぶれた。このう
えは、井伊と刺し違えて死ぬと。そして、こっぴどく叱られた。ごちゃごちゃ
言うておると、榊原一門、串刺しにして皆殺しにするぞと脅かされたのじゃ」
「酒井様とは、酒井忠次様のことか」
「そうじゃ、殿のお父上の妹君の婿じゃ。ゆえに、殿も逆らえぬお人じゃ」
ほんとの叔父さんじゃな。
「実は酒井様をはじめ、重臣のほとんど全員が殿の上洛に反対しておるのじゃ。
しかも、それには、ちゃんとした理由がある。前回の上洛で、殿をはじめお供
した者全員が、死を覚悟した。わしも同行しておったが、本当に危機一髪じゃ
った。」
そういえば、本能寺の時、徳川の一行は確か堺におったとか聞いておるぞ。
「富士山をご覧になった後、総見院様は、徳川の領内を通って凱旋されたのじ
ゃが、われらは総見院様と馬廻り衆を心をこめて接待した。この小屋も、その
時に作らせたものじゃ。千五百ばかり作らせた。これは分解して移動させるこ
ともできる。総見院様御一行が宿泊する地点に先回りして、馬廻り衆はもちろ
ん、中間下人にいたるまで、みなさまが快適にお泊りできるように用意したも
のじゃ」
なんとまあ。実のある接待じゃな。よく見ると、りっぱな造りじゃ。
「われらの心をこめた接待に感激された総見院様は、殿を安土へ招待して下さ
った。徳川殿も骨休めされよ。わしもお礼がしたいとおおせられてのう」
徳川の一行の接待役は、当初明智が担当しておったとかいう話じゃな。何か、
おもしろそうじゃ。
「上洛にあたって殿は、随行の人数を絞られた。同行することになった穴山様
の人数を合わせても、五十人ばかりじゃ。大勢連れて行くと、接待する側の負
担も大きくなるのでな。わしらは、勇躍上洛した。われらを苦しめ続けた武田
は滅びたし、北条を総見院様の鼻息をうかがってへつらっておったから、何の
心配もない。のんびりした楽しい旅になるはずじゃった」

8 :日曜8時の名無しさん:2010/05/02(日) 23:40:19 ID:iCs/4rKY
第三十五話「三方ヶ原」(14)
「安土城下についたのは、夕暮れ時じゃったが、御城の天主から、城下の町な
かまで灯篭に火がともされており、この世のものとは思えぬほど、美しかった
のう。」
安土城か、今や廃墟となっておる。本当に祇園精舎の鐘の声じゃ。
「総見院様は、どのようなお方じゃったのですか。」
信之が尋ねる。
「一言で言えば、聡明で何もかもよく弁えたお方じゃ。恐ろしいとか、よく言
われるが、わしは、そんな風に思ったことはない。わしは、康政康政とよくか
わいがられたものじゃ」
「それは、そなたが姉川の戦いで、朝倉勢を打ち破るきっかけを作り、総見院
様に勝利をもたらしたからではないか」
兼続も訊く。
「わしは、世上よく姉川合戦勝利の立役者といわれておる。総見院様が浅井勢
に敗北する寸前だったのを、徳川が朝倉勢を打ち破って救った。そのきっかけ
を作ったのが、わしの側面攻撃じゃと。わしにとっては、名誉なことじゃが、
実はわしなどが、奮戦せずとも、総見院様は勝っておったであろう。」
うん、初めて聞く話じゃ。
「大体、われら三河勢は強いが、総見院様の率いる尾張・美濃勢は弱いとか、
よく言われておるが、そこから、間違っておる。総見院様の軍勢は、尾張・美
濃の高い生産性と各地の都市からの豊かな税収に支えられた、専業の兵士じゃ。
一年中、戦闘訓練しておる軍勢が弱いわけがないじゃろ。弱く見えるのは、
兵士ひとりひとりまで、戦の駆け引きを心得ており、形勢不利となれば、損害
を少なくしようと、平気で退却するからじゃ。それを、尾張勢は、弱兵などと
決めつけるのは、戦のことが何もわかっておらぬとしか言いようがない。わし
ら三河衆は、戦えと命令されれば、一本調子で戦うだけじゃが、総見院様の軍
勢は、負戦のふりをすることもできる。それゆえ作戦にも幅が出るのじゃ」
榊原は戦闘指揮にかけては日本一の男じゃ。なにか常人には分からぬことが、
分かっておるようじゃ。
「姉川の戦いのとき、浅井勢は約八千、これに対する織田勢が約二万。これに
対して、朝倉勢は約一万、これに対する徳川勢が約五千じゃった。この日、総
見院様は、浅井勢に対し十三段の備えを構えさせた。そして、浅井勢に十一段
まで突破され、あやうく本陣にまで迫られた」
ここで榊原が、笑う。
「と、言われておる。しかし、これは作戦じゃ。浅井勢を徹底的に殲滅するた
めに、わざと薄い備えを十三段も構えさせたのじゃ。そして、わざと突破させ
た。突破された各部隊は、左右に後退し、部隊を再編して待機しておったのじ
ゃ。そして、戦い続けている浅井勢の戦意と体力が尽きるのを待っておったの
じゃ。」
なんと、信之と兼続、息をのむ。
「もともと、戦意の乏しかった遠来の朝倉勢が、わしの側面攻撃で、崩れたの
を契機にして、浅井勢も崩れたが、戦意も体力も限界に来ておったことは確か
じゃ。そして包囲殲滅戦が開始された。突破されたはずの軍勢が、左右から殺
到して、浅井勢を殲滅した。浅井長政の弟、重臣の遠藤など、浅井の主だった
武将がほとんど戦死した。すべて総見院様の作戦通りじゃ。見事なものじゃ」
「しかし世間では、榊原殿の功績のみ喧伝されておりまするが、なぜじゃろう」
信之、疑問を口にする。
「はは、孫子の旗の文句には続きがある。そなたも、武田の旧臣であれば、存
じておろう。知りがたきこと、陰の如くじゃ。総見院様は、ご自分の軍勢を弱
く見せたがっておった。後々のことを考えてな。どうじゃ、何もかも弁えたお
方じゃろう」


9 :日曜8時の名無しさん:2010/05/04(火) 21:46:57 ID:TTk/Ss1t
ほしゅ

10 :日曜8時の名無しさん:2010/05/05(水) 23:05:19 ID:9fWutGys
第三十五話「三方ヶ原」(15)
「うん、弁えた。ちょっと違うかのう。心得た、うん、うん、これも違う」
酔っ払い特有のしつこさで、信長の天才を表現する言葉を探し出す榊原。
「はじめて聞くお話で驚いておりまする。しかし、本当じゃろうか」
信之、顔をほんのり赤くして尋ねる。信之殿も、少し酔っておる。
「本当じゃ。姉川の戦での織田軍の戦死者は驚くほど少ない。名のある武将で
戦死しておるのは、先陣を承って気が逸っておった板井殿のご嫡子尚恒殿だけ
じゃ。もしほんとに突破されておったのならば、誰か名のある武将が戦死して
おるはずじゃし、戦死者ももっと多いはずじゃ」
兼続、榊原の盃に酒を注ぐ。弱いくせによく飲む男じゃ。ほんとは強いのかな。
「長谷川秀一殿をご存じじゃろうか。総見院様に側近として重用されたお方じ
ゃ。われらにとっても、命の恩人ともいうべき人で、本能寺の後、われらが無
事帰国できるように尽力して下さったお方じゃ。」
堀秀政殿は、関白殿下への使者、長谷川殿は、家康公の案内役として、本能寺
の災難を免れたのか。人の運命とは、測ることができないものじゃなあ。
「この長谷川殿が、姉川の戦の時の、総見院様の様子を教えてくださった。総
見院様は、旗本五千に、戦闘準備を下令した後、静かに、浅井の先鋒・磯野が
池田殿、柴田殿などの備えを突破するのを見ておったそうじゃ。そして、浅井
勢の兵士の疲労度を逐次、使い番に報告させておったそうじゃ。どんなに強く
ても、どんなに戦意があっても、戦い続ければ、疲れてくる。それを冷静に見
ておったそうじゃ。」
「しかし、総見院様が冷静に戦況を見ることができたのも、そなたら徳川勢が、
朝倉勢一万を、五千の手勢で引き受けておったからではないか」
兼続が質問する。
「朝倉義景自身が出陣しておらぬことで、わが殿も総見院様も、朝倉勢の戦意
のなさを見切っておった。しかし、朝倉義景は見下げ果てた男でござる。浅井
は、総見院様との同盟を破ってまで、朝倉を助けようとしたのに、そのせいで
浅井が攻められておるのに、自分自身で出陣せぬとは。武人の風上にもおけぬ
男じゃ。それに、総見院様は、われらが心おきなく戦えるように、後詰に充分
な兵力を用意してくださっておった」
そうかなあ。
「しかし、それは稲葉一鉄殿の兵一千ではないか。少ない気がするが」
「ははは、稲葉殿の後ろにも軍勢はおった。横山城の抑えとして配置されてお
った丹羽長秀殿の五千の兵じゃ。横山城は、この戦の直後、開城しておる故、
調略もすんでおったのじゃろう。つまり、抑えは偽装じゃ」
「稲葉殿の一千だけではなく、丹羽殿の五千も、徳川勢の後詰として、配置さ
れておったのですか」
信之も驚く。
「丹羽殿の配下には、安藤殿・氏家殿が配属されておった。この二人は、稲葉
殿と三人で西美濃三人衆といわれた方々じゃ。協同作戦もなれておる。わかる
か、もし、われらが朝倉勢に押されたら、稲葉様が後詰し、さらに安藤殿・氏
家殿、そして丹羽殿が救援をする仕掛けができておったのじゃ」
なんと、まあ。六千の援軍というわけか。
「総見院様は、わが殿が朝倉勢に対する先陣を買って出られた、心情を愛でら
れて、お許しになられたが、五千の軍勢で一万の軍勢が打ち破れると思うほど
甘きお方ではない。もしもの時に備えて、きちんと手は打つお方じゃ。また、
それゆえ、われらも心おきなく戦うことができたのじゃ。もっとも、朝倉勢が
予想外に早く崩れたので、稲葉殿・安藤殿・氏家殿の部隊は、浅井勢に振り向
けられることになったがのう。」
なんとなく、総見院様のことがわかったような気がする。何もかも、考え抜か
れておる、しかも、それを見せないお人じゃ。若年のころ、阿呆の振りをして、
敵を油断させたと聞いておるが、ほんに、知りがたきこと、陰のごとくじゃ。
「戦勝祝いの酒宴で、総見院様は、われら主従を激賞された。徳川殿のお蔭で
こたび、勝つことができたと仰せになられた。ほかのものは、有頂天になって
おったが、わしは、あまりうれしくなかった。殿も、わしと同じ気持ちじゃっ
たのか、そっと、信長公にはかなわぬなと、つぶやかれた」

11 :日曜8時の名無しさん:2010/05/10(月) 17:08:31 ID:twAWZIXh
対徳川の方針を巡る、反徳川の兼続と親徳川の藤田信吉との路線対立が
リアルに描かれる「天地人」
(対立する人間を矮小化、醜化するならまだしも、登場すらさせないってのはどうよ?)

12 :日曜8時の名無しさん:2010/05/10(月) 20:38:48 ID:uy7H3xgb
第三十五話「三方ヶ原」(16)
「そういえば、安土で何があったのじゃ。そなたたちの接待役は、明智じゃっ
たのじゃろう。何か、気づいたことはなかったのか」
本能寺は、われらにとっては、まさに天佑神助じゃった。原因を知りたいぞ。
「じぇんじぇん、ありましぇん」
いかん、こいつ完全に酔っ払っておるのか。
「いや、われら主従、あの後、何十回何百回と、みんなで話し合ったが、何も
思い当たることはなかった。そうじゃ、これを見ればわかる」
急に真顔になった榊原、懐から書付を取り出す。なんじゃろ。
「わしは、ちゃんと記録をつけておる。ええと、われらが浜松城を出発したの
が五月十一日、安土城についたのは五月十五日のことじゃ。殿は、さっそく総
見院様にお目にかかり、駿河拝領のお礼を言上された。右府様が、それがしを、
今川の人質から解放して下さり、そして今川と同じ身代まで引き立ててくださ
いました。そのご恩は終生忘れるものではございませぬ。今後も、犬馬の労を
厭いませぬ。なんなりとお申し付けくださいませ、といわれたそうじゃ」
家康公は、なにもかもよく心得たお人じゃのう。
「実は、殿は、武田滅亡後の徳川家の位置づけを心配しておられたようじゃ。
総見院様にとって、徳川の存在意義は東の藩屏として、武田の攻勢を防ぐとこ
ろにあった。しかし武田は滅び、関東管領として上野に入国した滝川一益殿が、
関東の諸将を糾合しておったし、北条も協力姿勢を見せておった。われらは、
当面何もすることがない状況じゃった。それを殿は心配されておった」
ふむ、家康公は、防衛本能もすごいお人じゃ。自分がわかっておる人なのかな。
「今後の徳川の扱いを、総見院様がどのようにお考えなのか、それを探る旅じ
ゃったのじゃ。われらは、呑気に、物見遊山のつもりじゃったが、流石に殿は
考えが深い。総見院様から、毛利征討のため援軍を頼まねばならぬかもしれぬ。
西国で、また逢おうと言われた時、しんからほっとしたそうじゃ」
三河・遠江・駿河の大大名なのに、誠実・謙虚な対応じゃ。これだけ、へりく
だっても、卑屈な印象がないのは、何故じゃろう。実があるということかな。
「明智のことといわれても、よくわからぬ。われらの接待役は、当初丹羽殿じ
ゃったのじゃが、四国征討の軍勢が大坂に集結中で、丹羽殿も準備のため忙し
くなったので、明智が代りを勤めることになったのじゃが、毛利と対陣中の関
白殿下、当時は羽柴殿じゃが、羽柴殿から、援軍要請が来たので、明智も出陣
することになったので、接待役をはずれた。これが十七日のことじゃ。われら
からみれば、明智の接待は、完璧なものじゃった」
書付に助けられたか、詳細な記憶を披露する榊原。
「しかし、料理の味付けが悪かったとか、魚が腐っていたとか、いろいろ言わ
れておるようですが。それで総見院様の御不興をかったとか」
信之が尋ねる。それがしも聞いたことがある。
「みな明智が謀反を起こした理由がわからぬので、いろいろなことを言うてお
るようじゃが、そんなことはなかった。すべての料理が美味かった。わが殿な
ど、美味い美味いと、お代りする勢いで平らげておった。わが殿は、若い時か
ら食いしん坊で、最近めきめき太っておる。はて、殿は子供でも身ごもってお
るのじゃろうかと、家臣どもに、からかわれておる程じゃ」
なんか徳川家中は愉快な雰囲気じゃのう。みな言いたい放題なのじゃろうか。

13 :日曜8時の名無しさん:2010/05/10(月) 22:22:47 ID:uy7H3xgb
第三十五話「三方ヶ原」(17)
「では、明智の謀反の原因は何だったのでしょうか」
信之がさらに尋ねる。
「出雲・石見への転封がいやじゃったとかいう話もあるようじゃが、毛利を滅
ぼした後のことであれば、何の不都合もないと思うぞ。総見院様は、ご自身の
出馬によって、毛利を滅ぼし、あわよくば九州まで平定するお考えじゃったの
じゃから。そうじゃなあ、あの時、わしが思うたことは、われらは二十一日、
甲斐から凱旋された信忠様と一緒に安土を出立し、上洛したのじゃが、信忠様
が、それがしの家臣どもは、みな東国で新しい領地を任され、張り切っており
ます。なにかのときは、徳川殿にご助力お願いするやもしれませぬ、と仰せに
なられた時に、そういえば、信忠様の軍勢は、旧武田領内に残ったままじゃ。
さすれば、こたびの羽柴殿への増援軍は、明智殿の部隊が主力じゃのう、と、
ちらと思うたくらいかな」
ふむむ、つまり軍事的空白が生まれたということか。
「佐久間様が追放された後、佐久間様の与力じゃったものは、ほとんど明智に
転属になったゆえ、明智軍の兵力は少なく見積もっても三万はあった。これに
対抗できる兵力を持つ、柴田殿は、上杉と対陣中じゃし、羽柴殿は、毛利と対
陣しておった。われら徳川は、上洛中じゃし、織田家中最大の戦力をもつ信忠
様の軍勢は旧武田領内に占領軍として残ったままじゃ。隙ができたということ
かのう」
「しかし大坂に集結中じゃった四国征討軍があったのではありませぬか」
信之、さらにさらに尋ねる。聞く手間が省けて助かる。
「四国征討軍は、寄せ集めの雑軍じゃ。征討軍の大将は信孝様・副将は丹羽殿
じゃったが、おふた方とも、なぜか領地は少ない。活躍の場に恵まれなかった
ということじゃと思うが、信孝様は五万石、丹羽殿は十万石程度のものじゃ。
それゆえ、近辺の牢人などをかきあつめて、一万五千の軍勢をしたてた。その
内情を、明智は知っておったのではないかのう。征討軍には、明智の娘婿の津
田信澄殿もおられたからのう」
「津田殿とはどなたでございますか」
「総見院様に殺された弟信之様のご子息じゃ。なかなかできるお人で、将来を
嘱望されておった。総見院様も大変ご寵愛されておったと聞いておる。」
「それがし、前田様より、明智の謀反の理由を、果てしない戦にうんざりした
からではないかと、聞いたことがあるのじゃが」
兼続も、つい尋ねる。
「それもあるかもしれぬのう。総見院様の敵は、戦えば戦うほど、強くなって
おった。降伏しても許されぬことが、だんだんに知れ渡っておったから。総見
院様は、そこらへんのこと、どのようにお考えじゃったのじゃろう」
榊原、思考がそれる。
「信忠様も家康公と一緒に堺に行かれるご予定じゃったそうですね」
信之殿は、なんでこんなに詳しいのじゃろう。
「それが運命の分かれ道、五月二十七日のことじゃ」




14 :日曜8時の名無しさん:2010/05/16(日) 00:05:17 ID:JvNXJcbu
第三十五話「三方ヶ原」(18)
「その日、わざわざ信忠様は、われらの宿舎まで来られ、上様が西国に出陣さ
れるのに、それがしが堺に物見遊山に行くわけにはまいりませぬ。上様の上洛
を待ち、そのまま西国に出陣することにいたしました、と仰せになられた。そ
して、われらが堺に出立するのを見送ってくださった。今思うと、これが運命
の分かれ目となった。もし、信忠様が、予定通り堺に行っておれば、明智も謀
反を起こさなかったかも知れぬ」
「なぜでございますか」
榊原殿と信之殿は、ぴったり呼吸があっておる。話し上手と聞き上手じゃ。
「総見院様と信忠様、お二人を倒さねば天下は取れないからじゃ。信忠様は、
武田攻めで赫々たる武勲をあげ、総見院様の御信任ますます厚く、後継者とし
ての地位を揺るぎのないものとしておった。もし、総見院様を討つことができ
たとしても、信忠様を討ちもらせば、信忠様のもとに織田家中のものが結集し
て、謀反軍は一気に殲滅されるじゃろう。お二人が、わずかな護衛で、京にお
る。自分は、編成の完結した一万三千の軍勢を有しておる。天下に望みのある
ものにとって、またとない好機じゃ。ほれ、天の与ふるを採らざれば、かえっ
てその咎を受くということじゃ」
「韓信か、しかし韓信の謀反も失敗しておるぞ」
兼続が受ける。
「してみると、総見院様を想う信忠様の孝心が、明智の謀反を招来したという
わけでございまするか」
信之がぽつりとつぶやく。
「隙ができたのじゃ。信忠様は、まったくよくできたお方じゃった。勇敢で、
士卒の心をつかんでおったし、わしらにも丁寧なお人じゃった。残念じゃ。大
体、明智のような牢人を重用した総見院様が悪い、流れ者は所詮流れ者じゃ。
われら徳川のものは、みなそう思っておる」
結束の固い三河衆の言いそうなことじゃが、それでは他国者は肩身が狭かろう。
「しかし、信雄様が伊勢におられましたでしょう。」
「小牧の戦いの進退を見ての通り、信雄様には、なにか欠けたところがある。
総見院様も、全然期待しておらず、家中の信望もなかった。そうじゃ、われら
は、本能寺の後、伊賀の国を通って命からがら脱出することができたのじゃが
伊賀の国は焦土となっておった。信雄様が、独断で伊賀攻めをして失敗し、激
怒された総見院様が大軍を派遣して、伊賀の民草を皆殺しにしたためじゃ。総
見院様らしからぬ短慮じゃ。伊賀は、甲賀と並んで細作の出身者が多い地域じ
ゃ。明智の率いる一万三千の大軍が、予定を変えて京に進軍してきたのに総見
院様のもとに情報が入らなかったのは、故郷を焼き払われた伊賀者が、怠業し
ておったのではないかという意見もある。服部半蔵がいうておった」
服部半蔵、徳川の諜報機関の長か、覚えておこう。しかし、榊原は、親切じゃ
が、枢機に参画しておる重臣にしては口が軽すぎる。それとも、何か魂胆があ
るのじゃろうか。酔っ払っていても相変わらず、感心なほど腹黒い兼続である。

15 :日曜8時の名無しさん:2010/05/17(月) 22:50:45 ID:Kag1ZPmn
第三十五話「三方ヶ原」(19)
「五月二十九日、われらは堺についたのじゃが、信忠様が同行されなかったの
で、堺の衆はみな、がっかりしておった。利休様なども、青菜に塩のようなご
様子じゃった。みな、信忠様をお迎えするため、はりきって準備されておった
からのう。この世に二つとない珍しい宝ものを集めて、贅をこらした歓迎の茶
会がいくつも企画されておった。折角じゃからということで、わが殿が招待さ
れたのじゃが、わが殿は、さようなものに一切興味のないお人じゃ。これは、
肩衝きのなんとかの茶器と、説明する堺の衆が気の毒に思えたくらいじゃった」
榊原、思い出し笑いをする。
「もっとも殿も、信忠様のことばかり聞かれて往生したそうじゃ。信忠様は、
東国を平定したのじゃから、やはり征夷大将軍になられるのですかとか、それ
はいつじゃろうとか、いろいろ聞かれたそうじゃ。」
書付を見ながら話す榊原、次第に口調が沈んでくる。
「われらは、五月二十九日、六月一日と、堺に滞在し、六月二日に上洛して、
総見院様にお目にかかる予定じゃった。二日の朝、上洛する先ぶれとして、
本多平八が先発した。昼ごろ、われら主従が河内の飯盛山というところを進ん
でおったら、向こうから血相を変えた平八が茶屋を連れて馬を飛ばしてきた。
茶屋は、われらと昵懇の京の商人じゃ。そこで、本能寺の変の第一報を聞いた。
茶屋がわれらに変事を伝えようと早馬を飛ばしてきたところ、平八と行き当た
ったそうじゃ。総見院様、信忠様、討ち死にと聞いた。」
静かになる小屋、川の流れる音が聞こえてくる。
「驚いたとか、なんとか、言葉では言い表せぬような衝撃じゃ。みな、その場
にへたりこんだ。明智が謀反を起こすなど露ほども思うておらなかったからの
う。足元の地面が割れて、奈落の底に落ちるような心境じゃ。つい先日、お目
にかかったばかりの総見院様、信忠様が、もうこの世におられぬとは、信じら
れぬ気持ちじゃった」
「家康公のご様子は、どうだったのですか」
信之が尋ねる。
「わが殿は、道端にへたり込んだまま、静かに泣いておられた。総見院様は、
肉親のおらぬ殿にとって、実の兄のようなお方じゃったからのう。かなり、厳
しい兄上様じゃが。そして、殿は、このまま上洛して知恩院に入って、追腹を
切ると言いだされた。」
やはり、実のあるお人ということなのじゃろうか。
「われらも、それがよいかもしれぬと思うた。帰り道は、明智に封鎖されてお
るはずじゃし、変事を聞いて落ち武者狩りの一揆も現れるにきまっておる。
われらは、穴山様の人数を含めても五十人程度じゃ。どうしようもない。名も
知れぬ土民の手にかかって命を落すより、総見院様のご恩に報いるために、追
腹を切った方が、ましじゃ」
まさに絶対絶命じゃな。その場におれば、それがしも、そう思うやも知れぬ。
「ところが、平八が言い出した。武士は命を惜しんでなりませぬが、粗末にし
てもなりませぬ。もし、この変事が明日起こっておれば、われらも総見院様も
ろとも明智に討たれていたでありましょう。これを天運と思し召されよ。一刻
もはやく、三河に帰り、明智討伐の兵を挙げねばなりませぬ、と」
唐の頭に本多平八は、武勇だけのことではないようじゃ。

16 :日曜8時の名無しさん:2010/05/23(日) 00:13:41 ID:N13r9xId
第三十五話「三方ヶ原」(20)
「明智軍が乱入した時、本能寺には、厩番をしていたものが二十名ばかり、身
の回りの世話をする小姓が三十名ばかり、ほかは女房衆が数十名しかおらなか
ったということじゃ。そこに完全武装の明智軍の精鋭が攻め込んだのじゃから、
勝負はあっという間についた。信忠様が、謀反に気がついて、兵を集めて本能
寺に向かおうとしたが、その時には、もはや本能寺は焼け落ちておったという
ことじゃ。総見院様は、明智の謀反を知った時、是非に及ばずと仰せになられ
たそうじゃが、さぞかし無念であられたことであろう」
長い間の苦闘の末、天下統一のめどがたったところじゃったからのう。
「信忠様は、なぜ二条御所に立て篭もることにしたのじゃろ。逃げようとはさ
れなかったのじゃろうか」
信之、質問をする。
「二条御所はもともと総見院様の京の宿泊施設として造られたものじゃ。後に、
誠仁親王様に献上されたが。ゆえに、頑丈な要塞じゃ。ここに立て篭もって、
援軍を待つ考えじゃったのではないじゃろうか。」
ふむ、ふむ。
「永禄十二年正月に、三好三人衆が一万余の軍勢で、本圀寺の足利義昭様を襲
撃したことがあった。将軍様を守護する軍勢の中には、明智もおったが、奮戦
して、三好の攻撃を食い止めた。翌日になると、各地から援軍がきて、三好勢
は退却していった。二条御所に立て篭もるように進言したのは、村井殿らしい
が、瞬間そのことを思い出されたのではないじゃろうか。逃げて追っ手に捕捉
されることを考えると、より安全と思うたのではないか」
ふむ、ふむ、ふむ。
「信忠様のもとに、京の町に分宿しておった馬廻り衆が、三々五々集まってき
て、軍勢は千五百ばかりになったそうじゃ。数は少なく、鎧を着ておる者も、
おらぬが、一騎当千の兵ばかりじゃ。何度も門を開いて討って出て、明智軍を
さんざん討ち懲らしめた。明智の重臣が負傷し、名のある武者が何人も戦死し
た。ここで、明智は作戦を変更、隣の家の屋根に鉄砲隊・弓隊を登らせ、狙撃
することにした。飛び道具を持たない信忠様の軍勢には防ぐすべがなく、ばた
ばたと打ち倒され、とうとう信忠様も観念され、切腹されたということじゃ。」
「やはり、お逃げ遊ばされたほうがよかったのではないじゃろうか。現に、脱
出に成功したお方もおられるのではありますまいか」
「織田長益殿のことじゃろ。戦が半刻ばかりで終わったから、逃げた方がよい
という意見もよく聞くが、明智のように名もなき土民の手にかかって死ぬこと
もある。戦場では、なにもかも分からぬことばかりじゃ。何が正しく、間違っ
ておるかは、一概には言えぬ。もし、鉄砲隊が、隣家の屋根から狙撃しなかっ
たら、信忠様も持ちこたえることができたやもしれぬ。山崎合戦の後、信孝様
も関白殿下も、隣家の主人を詰問しておる。なぜ、屋根を貸したと」
詰問する気持ちもわからぬではないが、無理難題のような気もするのう。
「なぜ、そこまで知っておるのじゃ」
兼続が訊く。不思議じゃ。
「隣家の主人は、上杉とも昵懇のお人じゃ。前太政大臣近衛前久様じゃ。関白
殿下のあまりの剣幕に恐れをなして、浜松まで逃げてきておられる」
げらげら、笑う榊原。
なんと、やはり明智謀反の黒幕は朝廷勢力じゃったのじゃろうか。

17 :日曜8時の名無しさん:2010/05/23(日) 15:02:50 ID:cR8Dhofm
うむ、「信長燃ゆ」を思い出しますな
相変わらず面白いです!

18 :日曜8時の名無しさん:2010/05/30(日) 23:44:15 ID:tSRG6d2n
第三十五話「三方ヶ原」(21)
「明智謀反の黒幕は朝廷勢力で、近衛前久様が中心じゃったのじゃろうか」
近衛様は、謙信公と肝胆相照らす仲じゃったと聞いておるが、意外と辣腕の陰
謀家じゃったのじゃろうか。おそるおそる尋ねる兼続。
「近衛様は、勇気も行動力もあるお方じゃが、陰謀を企むようなお方ではない。
第一、総見院様と大変親しかったお人じゃ。関白殿下は、総見院様のお側に仕
えて立身出世されたお人ゆえ、信忠様が奇妙丸様と呼ばれておった御幼少のこ
ろから、よく遊んでおられたということじゃ。それゆえ、信忠様に対する哀惜
の念から、近衛様を詰問したのじゃろう。八つ当たりのようなものじゃ」
どうも、見方が甘いような気がする。榊原自身の人の好さはわかるのじゃが。
榊原は、戦巧者じゃし、外交の駆け引きもできるが、謀略が嫌いなようじゃ。
「信忠様は、純なお人じゃったから、関白殿下の気持ちは、わからぬでもない。
われらは信忠様と共に上洛したのじゃが、都の大官貴顕は、みな信忠様にとり
いらんと必死じゃった。なかには、えり抜きの美女を送り込んでくるお方もお
ったのじゃが、信忠様は鄭重に御断りされておった」
女嫌いなのじゃろうか。しかし、三法師様が生まれておるが。
「わが殿は、年がら年中、子作りに励んでおるお方故、不思議に思われたのか
酒の席でお尋ねになられた。信忠様は、女子は御嫌いなのじゃろうか、そうい
えば、なぜ御正室様を貰われぬのですか、と。すると、信忠様は、それがしに
は許婚がおりますると言われた」
兼続の脳裏に、高遠城で会った清らかな美女の顔が浮かぶ。
「武田の姫が、信忠様の許婚であったことは、われらも知っておったが、とう
の昔に婚約は破棄されておる。しかし、信忠様は、武田の姫のことを、まだ許
婚と言われたのじゃ。幼き頃に政略で決められた婚約を大切なものを思われて
おったのじゃ。じゃが、武田を滅ぼしたのは、信忠様じゃ。姫の兄上・仁科盛
信殿を討ちとったのも信忠様じゃ。姫の生死も不明じゃが、もし生きておられ
ても、嫁にするわけにはいくまい。姫もかつての許婚とはいえ、一族を滅ぼし
た張本人との婚姻を承知するまい。それに第一右府様もお許しにはなるまい。
われら一同、心の中で思ったが、口には出さなかった。すると、信忠様は、今
生で結ばれることはあきらめておりまする、といわれた」
そういえば、松姫様は、仁科殿の小さな姫などを連れて、信州・高遠から武州
・八王子まで無事避難することに成功しておるが、信忠様の意志が働いておっ
たのかもしれぬな。なにか、失恋したような気分じゃ。
「信忠様の武田攻めは、無人の野を行く勢いで進んでおった。総見院様の調略
によって、武田は、ばらばらにさせられておったからのう。唯一、抵抗したの
が、仁科殿の高遠城じゃ。勝ち戦に奢る信忠軍は、われ先に、高遠城に攻めか
かったのじゃが、伊奈衆の戦意は高く、攻め手の被害が続出し、攻撃は頓挫し
た。それゆえ、督戦するため信忠様自身が旗本を率いて、最前線まで進出した。
それを見た全軍が奮い立って、攻撃を再開した。そして、すさまじい斬り合い
となった。伊奈衆は、女子供に至るまで、なんとか一矢報いんと抵抗するもの
じゃから、こちらも、女子供に至るまで、いちいち殺していった。地獄図絵じ
ゃ。それを信忠様は、塀の上に立って見ておられたそうじゃ。手練の美しい女
武者がおったそうじゃ。何人もの武者を斬り殺したが、自らも負傷したのか、
刀を口にくわえて、さかさまに飛び降りて、自殺した。それを見て、信忠様は、
もう二度と、松姫に会うことはできぬと思われたそうじゃ」
兼続、高遠城で真田と仁科様にあったことを思い出す。平和を希求する民の願
いが、信長の天下一統を後押ししておるのではないかという仁科様の言葉を思
い出す。松姫様の顔を思い出す。なぜか、不意に涙ぐみそうになる兼続。それ
をごまかそうとして、寝たふりをする。すると疲れていたのか、本当に寝てし
まう。

19 :日曜8時の名無しさん:2010/06/03(木) 23:41:56 ID:cjjbg12Y
<反省会>
「いつものことじゃから、もう溜息も出ぬが、今回の旅も難航しておるようじ
ゃのう」
「御意、榊原がここまで話題豊富な男とは思いもよりませなんだ。筆者は、大
体、登場人物だけ決めて、あとは何も考えずに突き進むゆえ、頭を抱えるよう
な羽目になるのでござる。いささか、つめこみすぎでござるな」
「まだ、富士川河畔で酔いつぶれておるのじゃろう。三方ヶ原は、まだ遠そう
じゃのう。本多平八もまだ来ぬようじゃし」
「ゴドーを待ちながら、でも気取っておるのでしょうか。極端に話が進まない
という点で不条理といえば不条理じゃが」
「しかし、徳川家康は不思議なお人じゃ。関ヶ原・大坂の陣が本心で、それま
でが、演技だったのじゃろうか。野心を隠しておったのじゃろうか」
「そこがわからぬから、筆者も困っておるのでしょう。三方ヶ原は、家康公を
解く鍵でござる。この敗戦は、かれの重大な栄光となった、と司馬先生も論じ
ておられまする。それに、関ヶ原も大坂の陣も、城からおびき出して野外決戦
で勝負をつけておりまする。御自分が、おびき出された三方ヶ原から、学んで
おられるのでしょう」
「それに、そなたのことを誰よりも分かっておるのは、もしかして大御所様か
もしれぬのう。大御所様は、古典を収集し、それを出版することに力を注いで
おられる。文を以って天下を治めんとしておられるのじゃ。そんなこと考えて
おるのは、天下に大御所様とそなたしかおらぬのではないか。読書傾向もぴっ
たりあっておるように思うが」
「そういえば、大御所様は、亡くなる直前、『群書治要』の出版を下命されて
おられましたが、校合するためか、それがしに『群書治要』を持っておられる
か、お尋ねになっておられます」
「関ヶ原で敵対した毛利輝元殿は隠居に追い込まれ、前田利長殿も自ら早死に
したいと言われるほど、追いつめられておったのに、上杉は領土は減らされた
ものの、お館さまもそなたも、まったく変化なしじゃ。それどころか、そなた
は江戸城でも、大威張りじゃったと、徳川譜代の者どもがペコペコしておった
といわれておるが、案外大御所様がそなたに一目置いておったせいかもしれぬ
のう」
「関ヶ原戦後、降伏のため上洛した、それがしに対し、大御所様は、日本の天
下は両人の手にありしが、既にわが手に落つれば、子吾に輸せり(子吾に屈せ
り)と、仰せになられました。関ヶ原の戦いは、大御所様とそれがしの戦いじ
ゃったということでございますね。過分のお言葉でございますが」
「うむ、関ヶ原も複雑じゃな。しかし、いつになったら関ヶ原にたどり着くの
じゃ。去年から天正十四年をさまよっておるぞ」
「もはや、のだめちゃんどころではありません。『神聖喜劇』や『戦争と人間』
ペースになっており、筆者も完全に開き直っております」
「どうなることやら、そういえば、気がついたこと忘れないようにメモってお
こう。毛利は、なぜ高松城水攻めの時、講和条件を承諾したのじゃろう。信長
公記には、攻めつぶす気じゃったと書かれておるが、毛利が講和しても意味が
ないではないか。なぜじゃろう。ははあ、どうせ、筆者のことじゃから、小早
川殿に聞くのではないじゃろうか。」
「さらに脱線する気満々でございまするね。ほんに、読んで下さる読者の皆様
には、感謝感謝あるのみでございまする」

20 :日曜8時の名無しさん:2010/06/06(日) 00:01:20 ID:JU445dNN
第三十五話「三方ヶ原」(22)
川の流れる音に目を醒ました兼続、小屋を出る。空はうす紫色で、東の方は白
みがかっている。もうすぐ夜が明けそうだ。
やれやれ、不覚じゃった。頭が痛いぞ。川の水で、顔を洗っていると、信之も
起きてきた。
「榊原殿は、まだ寝ておられるのか」
「はい、ご家老さまがお休みになった後も、榊原殿のお話は止まらず、大層お
もしろうございました」
「どんなお話じゃったのじゃ」
「長篠のお話でござりました。それがしの伯父が二人も戦死した戦でございま
するが、総見院様の謀事は、人智を超えたものでござりまするね。悔しいのを
通り超して、感心いたしました」
残念、聞きそこなった。二人が話していると、向こう岸に黒い騎馬隊が現れた。
先頭には本の字の旗指物がはためいている。
向こうも二人に気づいたのか、騎馬隊が割れて、なかから一人の長身の武者が、
かなりの早さで駆けてきて、そのまま揺れる橋を渡りきり、こちらに近づいて
くる。大変な技量じゃ。これが、東国一の勇士と謳われる本多平八か、感心し
ていると、本多平八、みのこなしも軽く馬から跳び降りた。
「お待たせいたしました。その御様子では、榊原の独演会に付き合わされたよ
うじゃのう。おお、その前に、遅れたことをお詫びする。大体、井伊が、精鋭
を預かったことで、うれしがり、機動演習など考えたせいじゃ。舟橋ひとつで、
三千の兵を渡河させるのに、どれくらい時間がかかるか、分かりそうなものじ
ゃ。おかげで、わしらは駿府で一日中待機させられた」
本多の配下の部将が近づいてきて、指示を仰ぐ。本多平八、手を挙げて、部下
に、こちら岸に渡るように指示する。そして、二人に向きおなり自己紹介する。
「おお、忘れておった。それがしは徳川の家臣本多平八郎忠勝でございまする」
「それがしは、直江山城守兼続でございまする。こちらは、真田昌幸殿の長子
信之殿でございまする」
信之も軽く会釈する。
「おお、そなたが直江殿か、関白殿下お気に入りの切れ者と聞いておったが、
お若いのに吃驚いたしました。そなたが、真田信之殿か、上田合戦の活躍は
聞いておる。しかし、そなたは」
本多平八、信之のまわりをぐるぐる回る。
「大きいのう。見事な武者ぶりじゃったと聞いておったが、これほどの大男と
は思わなんだ」
確かにそれは言える。これほど大きい男は、藤堂くらいのものじゃ。
本多の配下のものが、手早く床几を持ってきて席を作り、朝粥を持ってきてく
れる。本多の部隊は、ここで朝食を採るつもりのようだ。
「榊原は、荒れておったじゃろう。あやつは井伊のことが羨ましくて仕方がな
いのじゃ。おかしな男じゃ。兵など訓練次第でどうにでもなるのに」
流石、小牧の陣で、関白殿下の大軍の進撃を、わずかな兵で遅延させようとし
た勇将のいうことは違う。武勇絶倫じゃから、どうでもよいのじゃろうか。
「いや、榊原殿は、われらに懇切丁寧にお話して下さいました」
兼続、弁護する。
「そうであったか。実は、榊原は、そなたたちに力を貸して、殿に上洛を決意
させ、自分の能力を殿に見せつけたいのじゃ。最近殿は、帰り新参のものを重
用しておる。それが、榊原には、我慢ならないのじゃよ」
ほうほう、榊原は好い男じゃが、謀略の話し相手にはなるまい。重用しておる
といえば、井伊のことじゃろうか。しかし、井伊は、遠江出身じゃが、帰り新
参者ではないとおもうが。誰じゃろう。兼続、注意深く、聞き耳をたてる。


21 :日曜8時の名無しさん:2010/06/09(水) 22:40:19 ID:TDUlIVOj
第三十五話「三方ヶ原」(23)
「重用されておるお方とは、井伊様のことでしょうか」
相変わらず、物おじしない信之、あっさり聞いてくれる。
「井伊は、あたりは柔らかいが、胆力もあり、知恵も回る男じゃが、本質的に
は武人じゃ。謀略は陰険で腹黒いものでなければ務まらぬ」
自分のことを言われておるのかと、どきどきする兼続。しかし誰じゃろう。本
能寺以降の家康公の変化は、その男が帷幄に参じたからなのじゃろうか
「おお、平八。遅かったのう」
榊原が、寝ぼけまなこで起きてきた。
「小平太、客人より遅く起きてくるとは、たるんでおるぞ」
さっそく出発する一行。しかし、数千の軍勢を率いての行軍なので、速度は遅
い。昼ごろ、天竜川が見えてきた。川を渡れば、浜松まで少しじゃ。
「そういえば、一言坂とは、この辺りではございませぬか」
おお、本多平八の武勇が天下に轟いた戦さじゃ。三方ヶ原の前哨戦にあたる。
家康に過ぎたるものが二つあり、唐の頭に本多平八と、謳われた戦じゃ。
しかし、本多平八、つまらなそうに信之に答える。
「武田に追いまくられただけの戦じゃ。それにしても、驚くのは、武田の兵要
地誌の調査能力じゃ。武田が、天竜川沿いに南下してきたので、殿自身が、三
千の兵を率いて、川を渡って威力偵察に出た。相手は大軍じゃが、こちらには
地の利がある。包囲されそうになっても、武田の知らない近道を通って脱出で
きると、高を括って出陣してみたのじゃが、どうやっても振りきれないのじゃ。
それゆえ、それがしが殿軍を買って出ただけの話じゃ。武田全軍が、遠江の地
理を飲みこんでおった。やっと振りきったと思ったら、騎馬隊が先回りして、
襲撃してくるのじゃ。大乱戦となった、わしは槍を振り回して、武田の出足を
止めておっただけじゃ」
ここで、本多平八、槍持ちに槍を持ってこさせる。
「そなた、これを持ってみよ」
おお、これが蜻蛉切りか、ほんとに槍先にとまった蜻蛉が真っ二つになるのじ
ゃろうか、きょろきょろ蜻蛉を探す兼続。
びゅんびゅん、軽く振り回す信之。あつらえたようにぴったりじゃのう。
「そういえば父に聞いたことがあります。信玄公は、出陣する前に、攻め込む
地域の、小川や深田や間道の所在まで、すべてを綿密に調査させ、それを、信
玄公も加わった侍大将の軍議で、詳細に検討し、絵図面を作成して、全軍に徹
底させると」
そうじゃろう。そうじゃろう。兼続、いつか高坂にもらった資料を思い出す。
「ほうほう」
喜んでいる本多平八。信之を、えらく気に入った様子。
「婿にでもする気じゃろうか」
榊原が、兼続に話しかけてきた。
「信玄公ほど、狡賢く悪どいお方はおらぬのう、さすがの総見院様でさえ、こ
ろりと騙されてしもうた。本来ならば、信玄公の西上作戦など不可能であった
はずじゃ」
榊原は、徳川の外交担当の重臣じゃ。おもしろそうな話が聞けそうじゃ。

22 :日曜8時の名無しさん:2010/06/12(土) 22:26:15 ID:R07NI8xC
<研究ノート>
「なんですかな、<研究ノート>とは。何を始めたのでございますか」
「実は、筆者がストーリーを決めるために、最も参考にしておる本のひとつが
鴨川達夫先生の『武田信玄と勝頼―文書にみる戦国大名の実像―』(岩波新書
二〇〇七年三月二〇日)じゃが、このなかで先生は、元亀二年の武田の三河進
攻はなかったと論じられておる。天正三年の長篠直前の勝頼公の行動と誤認さ
れておると。状況的に、説得力のあるお話じゃ。ゆえに、この説を採用するこ
とに決めたのじゃが、定説と違うので、他の文書との整合性が不明となり、ち
ょっと時系列がわからなくなったのじゃ」
1560年(永禄三年)桶狭間の戦
1567年(永禄十年)義信、自害
1568年(永禄十一年)信玄、信長と同盟(七月)駿河進攻を開始(十二月)
1569年(永禄十二年)北条、上杉と同盟(五月)信玄、小田原攻撃(十月)
1570年(元亀元年)徳川、上杉と同盟(十月)。
1571年(元亀二年)北条、上杉との同盟を破棄、武田と同盟(十二月)
1572年(元亀三年)信玄、軍を発す(九月)三方ヶ原の戦(十二月)
「鴨川先生は、上杉・北条・徳川に包囲されておる元亀二年春の段階で、三河
を攻撃するということは、自動的に信長公を敵に廻すことになる故、ありえな
いという御説じゃ」
「筆者は、織田と武田の同盟は、信長の上洛のためじゃと思い込んでおったが、
武田の駿河進攻作戦のためでもあったわけですね」
「うむ、筆者は基本的なことが分かってないのじゃ。国盗物語を読んでから何
十年もたつが、はじめて、気づいたぞ。余りわれらが話すと榊原のセリフがな
くなるので、本編にもどるぞ」


23 :日曜8時の名無しさん:2010/06/19(土) 03:10:16 ID:6sldym/a
ほしゅ

24 :日曜8時の名無しさん:2010/06/20(日) 23:32:06 ID:OQCcyOYK
第三十五話「三方ヶ原」(24)
「万事抜け目のない総見院様が騙されるようなことがあったのじゃろうか」
兼続が訊く。
「ご存じないのか。信玄公が西上作戦を開始したとき、総見院様は、信玄公の
依頼に基づいて、武田と上杉の和睦の仲介をしておったのじゃ。間抜けな話じ
ゃろう。完全に騙されておる。ええと」
榊原、懐から例の書付を取り出す。ちょっとほしくなってきた兼続。
「山県の軍勢が動き出したのは、元亀三年九月末じゃ。五千の部隊が、三河北
部に侵入してきた。引き続いて二万二千の本隊が、天竜川に沿って南下、二俣
城を包囲した。これで遠江は東西に分断され、東に孤立した掛川城・高天神城
は、戦局に全く寄与しない存在になった。まったく見事じゃ。さらに、秋山の
別働隊が美濃に進攻し、岩村城を攻略した。これが、ええと十一月十四日のこ
とじゃ。長島の一向一揆も動き出し、これで総見院様は、岐阜城を動けなくな
った。信玄公に騙され、絶体絶命となった総見院様は、信玄公に対するすさま
じい怒りをぶちまけた書状を謙信公に送っておられる」
ほうほう、謙信公に。しかしそれがしは当時十二歳じゃ。知るわけあるまい。
「なぜ、それを知っておるのじゃ」
総見院様の謙信公への書状の内容を、なぜ徳川が知っておるのじゃ?
「織田から、武田と絶縁した証拠として、写しが送られてきたのじゃ。ええと、
こうじゃ。信玄の所行、まことに前代未聞の無道といえり。侍の義理を知らず、
それにこうも書いてある。未来永劫を経候といえども、再びあい通じまじく候
とな」
確かに、すさまじい怒りじゃ。総見院様は根に持つお人じゃからのう、勝頼公
は和睦を必死に追求されておったが、詮なき努力じゃったのかもしれぬ。
「なぜか、総見院様は、信玄公のことを信頼しておったのじゃ。自分には敵対
しないと思い込んでおられた。われらは、最初から気がついておったのに」
ふむ。
「永禄十一年、総見院様の仲介で、山県と穴山殿が使者として来た。今川領の
駿河・遠江を武田・徳川で分割する悪だくみじゃ。武田は、総見院様を通せば
徳川は拒否できまいと踏んでおったようじゃ。われらにとっても、渡りに舟の
話じゃ。しかし、後がこわい話でもある。わが殿も、金を滅ぼして蒙古に滅ぼ
された南宋みたいになってはならぬと最初から仰せじゃった」
ふむ、ふむ。やはり、家康公は、好学のお人じゃ。歴史を学んでおられる。
「嫡子義信殿をはじめ親今川勢力をすべて粛清してまで、南進してくるのじゃ。
駿河一国で満足するはずがない。あわよくば、遠江もとり、三河も併呑するつ
もりなのは、最初から、分かっておった。そして、われらも、武田を包囲して
攻めつぶすことを考えた。やらなければやられる。共存は無理じゃ」
ふむ、ふむ、ふむ。小牧の戦のときも、徳川は、たくみな外交戦をしておった
が、昔からそうなのか。


25 :日曜8時の名無しさん:2010/07/08(木) 23:36:55 ID:z1imrB6U
第三十五話「三方ヶ原」(25)
「永禄十一年十二月に武田の駿河進攻作戦が開始された。武田の軍勢の勢いは
すさまじいもので、七日で駿府を占領した。疾きこと風の如く、という文句そ
のままの速さじゃ。われらも、武田との約定に従って、遠江に出陣、駿府より
逃亡してきた氏真公を掛川城に包囲した」
ふむ、武田の進撃も早いが、徳川も早いのう。
「徳川の進撃も早いようじゃが、今川に対する調略が進んでおったのか」
兼続が質問する。
「氏真公は、求心力を失っておったからのう。もっとも忠実かつ精鋭の今川の
本陣勢が桶狭間で全滅しておるのじゃから、いかに名門今川といえども、武力
の裏付けがなければ、家臣に言うことを聞かせることはできぬ。ある意味、長
篠以降の勝頼公より大変じゃったといえるのではないかのう」
ふむ、そういえばそうじゃ。氏真公は、手の打ちようがなかったかもしれぬな。
「武田が駿府を攻略したのが、十二月十三日。われらが、掛川城を包囲したの
が、十二月二十七日のことじゃ。」
榊原、書付を見ながら、得意気に言う。本当に、何から何まで書いてあるのう。
「ところがじゃ、秋山信友の軍勢が、突然、天竜川沿いに南下してきて、見附
に着陣し、掛川を包囲しておる、わが軍勢と、三河との連絡を遮断した。やは
り、案の定じゃ。武田信玄、あわよくば、わが軍勢を殲滅して、遠江も、併呑
しようと考えておったのじゃ。わが殿は、最初から、腹を括っておったから、
武田に厳重な抗議の使者を送った。返答次第では、武田と戦を始めるつもりじ
ゃった」
ふむ、家康公は、切所では、かならず気魄で押し切ろうとするお人なのじゃろ
うか。総見院様のような天才でもないし、関白殿下のように大きな器量がある
わけでもない、しかし、武人として、共感できるお人じゃ。
「すると、武田信玄、秋山の軍を撤退させると、鄭重なお詫びの書状を送って
よこした」
なんと。
「秋山の独断によるものじゃったのじゃろうか」
「秋山は、武田家中第一の切れ者じゃが、独断で軍を動かすことなどありえよ
うはずがない。信玄の意向を体した行動じゃ。北条が今川救援の軍勢を発した
ので、方針を変えただけじゃ」
「北条にしては、速い行動じゃのう」
「駿河は、北条の本国ともいうべき、伊豆・相模の隣国じゃからのう。即座に
大軍を招集するとともに水軍まで繰り出して今川救援に乗り出してきた。」
ふむ、信玄公は、北条に了解をとっておらなかったのじゃろうか。焦っておっ
たのじゃろうか。

26 :日曜8時の名無しさん:2010/07/27(火) 23:55:45 ID:20Cr7EOo
第三十五話「三方ヶ原」(26)
「北条氏政公が、伊豆・三島に出陣したのは十二月十二日、水軍を使って掛川
に援軍を送ったのが十二月二十三日じゃ。確かに早い。北条の初代・早雲公は
今川の家臣じゃったお人じゃから、代々の深い縁があるからではないか」
榊原、書付を見ながら、得意げに、しかし呑気そうに言う。
「そして、北条が謙信公に和睦を申し入れたのも、同じ十二月二十三日じゃ」
黙って聞いていた兼続、あることに気がつく。いくらなんでも、早すぎる。
今川への援軍のことはともかくとして、謙信公との和睦は、北条にとって、外
交革命ともいうべき、一大方針転換じゃ。万事、のんびりしておる北条にして
は、対応が機敏すぎる。北条は、信玄公の駿河進攻作戦を知っておったのでは
ないか。
「信玄公の駿河進攻作戦の開始時期を、誰かが北条に教えたようじゃのう。信
玄公の駿河進攻作戦は、極秘の作戦ではなかったか。信玄公は、越中の一向一
揆を動かして、謙信公を越中に引き寄せた後、本庄に謀反を起こさせた。そし
て、自身は飯山城を攻撃しておる。これが、永禄十二年の七月のことじゃ。そ
の後も、信濃・長沼に陣を張っておった。誰が、どう考えても、越後に攻め込
む態勢じゃ。現に、謀反を起こした本庄など、信玄公が後詰のため、越後に進
攻すると、最後の最後まで信じておった」
兼続、榊原の顔を覗き込む。本庄、元気にしておるじゃろうか。
「ところが、信玄公は、突如南進して、駿河進攻作戦を開始した。電撃戦じゃ。
あっという間に、駿府を攻略した。信玄公は、一気に駿河を制圧して、既成事
実を作ったのち、富士川以東の地を割譲することで、北条との折り合いをつけ
たい心づもりをされておったようじゃ。ところがじゃ、虚を突かれたはずの北
条は、機敏に対応しておる。三百艘の軍船で掛川に援軍を送る一方、氏政公自
身が主力を率いて、三島まで出陣してきた。できすぎておる。誰かが、北条に
軍機を教えておる」
さらに榊原をじっと覗き込む兼続。
「誰じゃろう」
とぼける榊原。
「武田の駿河進攻作戦の開始時期を知っておるのは、今川領分割の密約をした
徳川殿しかおらぬのではないか」
さらにたたみかける兼続。
「やれやれ、噂にたがわぬお人じゃ」
観念したようにつぶやいた榊原。
「北条氏康公の五男氏規殿と、わが殿は親しい。今川の人質時代、隣に住んで
おったのが、氏規殿じゃ。われらは、信玄公が駿河進攻作戦を開始する以前か
ら、氏規殿と緊密に連絡をとり、武田を一気に滅ぼす計画をたてた」
やはり。しかし徳川は目立たないが、外交が上手い。なぜじゃろう。
「永禄十二年正月、北条勢は駿河・薩唾峠に進出した。これで、久能山に布陣
しておる武田軍は甲斐への退路を断たれたことになった。形勢逆転じゃ。これ
で、謙信公が信濃に進攻すれば、武田領内は大混乱に陥り、武田軍も土崩瓦解
する。われらも、西から信玄公を攻撃するため、掛川城内の氏真公との和睦を
ひそかに進めておった」
「完璧な作戦じゃなあ。」
感心する兼続。
「おうよ、信玄公は慎重なお人じゃが、このときは何もかも拙速じゃった。そ
こを狙ったのじゃ。ところがじゃ」
榊原の顔が、曇ってくる。
「総見院様が、絶対絶命の武田信玄に救いの手を差しのべたのじゃ」

27 :日曜8時の名無しさん:2010/07/31(土) 16:58:10 ID:wInWjucr
暑いけど頑張ってください!

51 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

>>1
  し'∪   |   |   |   ∪ /  電波〜   電波〜    \毎日何処かの板で糞スレを立てる>>1
          ̄ ̄ ̄ ̄     /  .∧__∧      ∧__∧      \糞スレを立てる事しかできない白痴。
      ガッキーン       /  ( ゚∀゚ )    ( ゚∀゚ )          /test/read.cgi/nhkdrama/1272514571/">★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)